赤穂浪士討ち入りの日

吉良上野介墓

朝の通勤電車、うとうとしていると
前に立っていた男子高校生がこんな会話を始めました。
A「今日は忠臣蔵の日だってな。」
B「そうそう毎年やるな。殿中でござるってやつだろ。」
A「三百何年前の今日だからって毎年同じ話のドラマをよくやるよな。」
B「年寄りはチャンバラならなんでもいいんだろ。」
A「でもこれで幕府が倒れる原因になったんだよな。」
B「うん。」




・・・・・・・・・・あのぅ・・・。
つっこみどころが満載で膝をつねって笑いをこらえてました。




まずは、
つっこみその一。
確かに元禄15年12月14日は赤穂浪士47人が吉良上野介邸に討ち入り、
亡き主君浅野長矩の仇討ちを果たしました。
しかしそれは旧暦のことでグレゴリオ暦でいえば1703年1月30日のことです。




つっこみそのニ。
赤穂浪士事件と忠臣蔵は別物です。忠臣蔵は正しくは【仮名手本忠臣蔵】。
竹田出雲・並木千柳・三好松洛らの合作で、
赤穂浪士事件を題材としたものの
あくまで人形浄瑠璃・歌舞伎の為のフィクションです。




つっこみその三。
「殿中でござる。」は討ち入りではなくその発端となった松之廊下事件です。
それは元禄14年3月14日のことです。




つっこみその四。
もしもーし、幕府が倒れたというのは
ひょっとして桜田門外ノ変では・・・??。
たしかにどちらもテロ事件ですがね・・・。




まぁほんとなんでこの日が毎年こんなに騒がれるのは不思議です。
だけど今年はドラマはやらないでしょ。
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