品川弥二郎像

品川弥二郎像

102-0074 千代田区九段南



九段坂途中、大山巌像よりも
少し手前に建つのがこちら、
品川弥二郎さん。
桜の木の枝に邪魔されてよく見えません。




ご存知ない方のためにちょっと説明。



吉田松陰松下村塾に学び、
尊皇攘夷に奔走。
明治になって政治家となるが、
松方内閣で強引な選挙干渉を非難され、
引責辞職するといった人生を歩んだ人。
獨協大学の設立者の一人。




・・・って感じ。
正直、少し小粒です。
あまり華々しい活躍はありません。




この人の功績で一番著名なのは
軍歌第一号と言われている、
「宮さん、宮さん」で知られるトコトンヤレ節の作詞でしょうか。
作曲は銅像がご近所の大村益次郎とも言われています。




しかし、この歌詞。
東武士の子孫の端くれとしちゃ面白くないなぁ。
確かに彰義隊はあっという間に敗走してしまいましたが・・・。

「トコトンヤレトンヤレナ」
「トコトンヤレ節」
「宮さん宮さん」
(どれが正式名なのかは分かりません・・・。)
作詞:品川弥次郎 作曲:大村益次郎


宮さん宮さん お馬の前に
ひらひらするのはなんじゃいな
トコトンヤレトンヤレナ
あれは朝敵征伐せよとの
錦の御旗じゃ知らないか
トコトンヤレトンヤレナ
一天万乗の帝王(みかど)に
手向かいするやつを
トコトンヤレトンヤレナ
ねらいはずさず
どんどんうちだす薩長
トコトンヤレトンヤレナ
ふしみ鳥羽淀はし本くずはのたたかいは
トコトンヤレトンヤレナ
薩土長士のおおたる手ぎわじゃないかいな
トコトンヤレトンヤレナ
おとに聞こえし関東武
どっちへ逃げたと問うたれば
トコトンヤレトンヤレナ
城もきがいもすててあずまへ逃げたげな
トコトンヤレトンヤレナ
国をとるのも人を殺すも
誰も本気じゃないけれど
トコトンヤレトンヤレナ
わしらがところのお国へ手向かいするゆえに
トコトンヤレトンヤレナ
雨の降るよなてっぽ玉のくる中に
トコトンヤレトンヤレナ
命もおしまずさきがけするのも
みんなお主の為故じゃ
トコトンヤレトンヤレナ

ちなみにこの「宮さん」は有栖川熾仁親王
有栖川公園内の親王銅像も戦前から残る銅像です。
こちらも軍服姿のもので、戦前は三宅坂にあったと言われています。
近くを通って写真を撮ったら紹介します。

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