らーめん松信

285-0025 佐倉市鏑木町491-2
参考サイト http://ramendb.supleks.jp/shop/8551




→ 「ラーメン二郎」関連の記事
→ 私のラーメン二郎戦記
→ ジロリアン卒業宣言




さて、今日は久しぶりの平日の代休です。
月曜日は博物館や資料館がお休みなので、
歴史散歩には不向きですが、
標的を「神社仏閣」にしぼれば大丈夫。
武家屋敷(旧河原家住宅・旧但馬家住宅・旧武居家住宅)
旧堀田邸(さくら庭園)
佐倉順天堂記念館・・・、
・・・は、すべて月曜休館ですけど、
昨日何度も通りかかり、
気になっていた「佐倉」に行って見ました。





まずは、前回の佐倉探訪で気になっていた、
こちらの二郎系のラーメン店に行ってみました。
数ヶ月前に行徳から移転した人気店、
「ラーメン松信」さんです。




らーめん松信   



カウンターが六席のみの小さなお店です。
私が伺った開店間際にもうすでに満席で、
店内の待ち席2席にも先客が座っていました。




カネシ醤油のタンク   




ジロリアンにはお馴染みのオレンジのタンクだ。
当然「ラーメン二郎専用醤油」ではありませんが、
カネシ醤油を使用しているようです。
麺は袋に入り、その隣の冷蔵ケースにありましたから、
自家製麺ではないのかもしれません。





らーめん(600円)+大盛り(100円)+やさい増し(100円) 




らーめん・ニンニク(600円)+大盛り(100円)+やさい増し(100円)です。
二郎と違い、やさい増しが有料です。
さすがに有料トッピングぅ〜・・・。
なかなかの盛りです。
スープはかなり乳化気味で、
ブタは、もっちり・しっとり系。
世田谷のらーめん陸に似ています。




やはりそして陸と同様、
とっても優等生で雑味がありません。
ジロリアンを卒業した身にとって、
最後はちょっと持て余してしまいました。
(けして私、残しはしませんが。)




しかし、ラーメン二郎で修行せずに、
ここまで二郎度を再現できるとは・・・。
おそらく店主、
素晴らしいセンスをお持ちなのでしょう。




次回は「カラメ」を唱えてみよう。


  
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千葉山 深廣院 海隣寺 〜千葉氏歴代当主供養塔〜

宗派 時宗
本尊 海上月越如来(阿弥陀如来)
285-0013 佐倉市海隣寺町78




海隣寺 



佐倉市役所に隣接する海隣寺さん。
このブログで時宗のお寺が登場するのは初めてですが、
おそらくどこかの時代に真言宗から改宗したものと思われます。




大師祠  弘法大師像?   



この小さな祠堂には、
弘法大師と思われる大師像が祀られていました。
また境内には、熊野神社が併設されています。




八曜に月星紋   




千葉氏ゆかりのお寺ですから、
千葉氏の家紋、
八曜紋と月星紋が合体した、
「八曜に月星紋」が寺紋のようです。




戦没者慰霊塔   



佐倉市役所に隣接しているというよりは、
むしろ広大な寺領が、陸軍墓地となり、
市役所になってしまったようです。
市役所の庭に、宗教色を避けた、
この戦没者慰霊塔が建立されています。



千葉氏歴代当主供養等   




この慰霊塔の西隣の霊園奥に、
千葉氏歴代当主供養塔と伝わる、
十九の五輪塔・宝篋印塔が並んでいます。



千葉氏歴代当主供養塔  五輪塔・宝篋印塔   




こんな内陸・佐倉に、なぜ「海隣寺」なのか。
元々は千葉常胤が家臣と共に、
馬加(現在の幕張辺り)の海辺で月を観じていると、
海上に異光放つものがあり、
網で掬ってみると、
金色の阿弥陀様を得たそうです。
これを「海上月越如来」と名付け、
文治三年(1187)に馬加に一寺を建立したのだそうです。



→ 千葉常胤 - Wikipedia



千葉氏の庶家、馬加家が菩提寺としていたようですが、
戦国時代に千葉氏の本宗家を継承したのに合わせ、
このお寺も本佐倉城(現在の酒々井)に移転し、
更に現在のこの地に移ったとされています。




さて、この五輪塔・宝篋印塔群。
私にはどうも、それぞれの時代を経た、
歴代当主の墓とは思えません。
同じ阿弥陀如来梵字が刻まれておるものが多く、
風化の度合いや、形式に一定の共通点が多すぎます。
ほぼ同じ時代に作られたものなのではないでしょうか。




墓好き素人の憶測なので、
怒らないで下さい。




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安城山 不矜院 甚大寺 〜堀田正俊・正睦・正倫墓〜

宗派 天台宗
本尊 十一面観世音菩薩
285-0023 佐倉市新町78




甚大寺 


さて、千葉氏の後は、
佐倉藩最後の藩主、
堀田家の菩提寺にもお参りします。
佐倉の寺町に甚大寺さんはあります。




こちらは元々、天海が建立した出羽山形にあったお寺です。
延亨三年(1746)堀田家五代・堀田正亮が下総佐倉に転封となり、
一緒に移転してきたのです。



→ 堀田正亮 - Wikipedia




門前にも大きな石碑がありましたが、
堀田家六代・堀田正順が四国から勧請した、
金比羅尊が有名なお寺のようですが、
現在のご本尊は、堀田家十代・堀田正倫の念持仏の、
津田信夫作の十一面観世音菩薩。



しかし、金比羅様って、
釈迦の弟子、十二神将の一人、
宮比羅大将」とも言われているのに、
日本ではなぜ神社に祀られることが多いのだろうか。




→ 堀田正順 - Wikipedia
→ 津田信夫 - Wikipedia




佐倉城城門の鯱   




境内には、佐倉城の城門の上にあったという、
瓦製の鯱(しゃちほこ)一対が、
ポンと置かれていました。




さて、境内奥の広大な堀田家墓所です。
やはり大きなものはこの御三方です。




堀田正俊墓   




春日局の養子であり、
その従弟の稲葉正休江戸城内で刺殺された、
堀田家初代、大老堀田正俊
「不矜院殿又新叢翁大居士」



→ 堀田正俊 - Wikipedia



堀田正睦墓 
日本開国の老中、
堀田家九代・堀田正睦
「故佐倉城主侍従従位四位下紀文明公墓」



→ 堀田正睦 - Wikipedia




堀田正倫墓 




そして堀田家十代、
最後の佐倉藩主・堀田正倫
「従二位勲三等伯爵紀正倫卿之墓」



→ 堀田正倫 - Wikipedia




う〜ん、久しぶりに、
大名家の墓らしい墓を満喫したなぁ〜。




「墓を満喫」ってあんた、いったい・・・。




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正覺山 慧光院 宗圓寺 〜佐藤泰然・舜海(尚中)墓〜

宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 観世音菩薩
285-0023 佐倉市新町89




正覚山 宗円寺   



甚大寺さんのお隣には、
こんな禅寺が建っています。




こちらは堀田正盛が、
早世した弟の供養の為に建立したお寺で、
やはり正盛の転封に合わせて、
寛永十九年(1642)に松本から移転したそうです。




→ 堀田正盛 - Wikipedia




佐藤泰然・舜海墓  佐藤泰然墓   




松本良順の実父、
順天堂を開いた佐藤泰然と、
その養子、佐藤尚中(佐藤舜海)の墓があります。
手前が「従五位佐藤舜海之墓」、
その奥に同じ形式の、
「贈従四位佐藤泰然之墓」が建ちます。



あれ、谷中霊園にも、
お二人の墓はありますし、
最後はお二人とも佐倉を離れていたと聞きますから、
このお墓は分骨なのでしょうか。




→ 佐藤泰然 - Wikipedia
→ http://www17.ocn.ne.jp/~ya-na-ka/satoTaizen.htm




→ 佐藤尚中 - Wikipedia
→ http://www17.ocn.ne.jp/~ya-na-ka/satoTakanaka.htm




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佐倉 麻賀多神社

祭神 稚産霊命
285-0025 佐倉市鏑木町933
公式サイト http://www.makata.jp/


麻賀多神社   


最後は神社だーっ。
延喜式内、佐倉藩総鎮守、
麻賀多(まかた)神社です。




ご祭神の稚産霊命(ワクムスビノミコト)。
イザナミの尿から産まれたとも、
豊受大神の母神とも言われていますが、
こちらの神社では、
三峯神社(伊弉諾尊伊弉册尊)を御親神とし、
お稲荷さま(豊受姫命)の御親神であると説明しています。
いずれにしても五穀豊穣の神様であります。



ご神木   




拝殿と本殿の間に、
こんなに巨大なイチョウのご神木。
もうすぐ建物にぶつかっちゃいそうです。




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緑のカーテン その二十一 

公式サイト http://www.ecomix.jp/ecomix_design/midorinoka-ten/midorinoka_ten.html




緑のカーテン その → 十一十二十三十四十五十六十七十八十九二十




ゴーヤのカーテン 




さてさて、ゴーヤはまだなりませんが、
すっかり「カーテン」らしくなって参りました。




一方、キュウリは「キュウサブロウ」まで、
これまで三本なりましたが、
なぜか下の葉が枯れてしまうので、
まだまだ全然「カーテン」にはなりません・・・。



・・・難しいものです。




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