吉見百穴

国指定史跡
355-0155 比企郡吉見町大字北吉見324
併設 埼玉県吉見町埋蔵文化財センター
355-0155 比企郡吉見町大字北吉見321
百穴
ねぇねぇこれって、
小学校で「よしみひゃっけつ」って習いませんでしたっけ??。
正しくは「よしみひゃくあな」なんでしょうか。



日本考古学が大好きな私ですが、
実は恥ずかしながら初めてここを訪れました。
いいっすねぇ、ここ。
遠い過去に手が届くような場所は大好きです。



今でこそ、古墳時代後期の墓穴であることが常識になっていますが、
明治にはコロボックル(土蜘蛛人)の住居跡であるとの説が、
最有力であったこともありました。
それのほうが、夢がありますけどね。(笑)
一応「お墓」説を支持して、[掃苔]に分類します。

軍需工場



この遺跡を隠れ蓑に、戦争中は大きな洞窟を掘って、
地下軍需工場を形成していたようです。
今、立ち入れる場所はほんの一部(1/10)なのですが、
広大な空間で、飛行機のエンジンを組み立てていたそうです。
いわば戦争の傷跡ですが、
ひんやり涼しい空間は、外に出たくなくなっちゃいます。
この時に、一部の墓穴が破壊されますが、
現在でも「百穴」の名以上の「219」穴が現存します。
ヒカリゴケ
一部の穴に自生するこのヒカリゴケ。
この写真ではよく分からないでしょうけど、
ちょうど、蛍光塗料のような光です。

子規句碑
正岡子規の句碑を発見。



神代から かくやありけん 冬籠

これは、住居跡とであるとして詠んだ俳句のようですね。



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