一石橋迷子しらせ石標

東京都指定有形文化財(歴史資料)
103-0028 中央区八重洲1-11地先




一石橋の袂




ぷらぷらとお散歩は続きます。
どうせなら東京駅まで歩いてちゃえぃ。
日本橋川にかかる一石橋の袂には、
この様にフェンスに囲まれ石標があるんです。




一石橋迷子しらせ石標(正面)




安政四年(1857)に建立された、
東京都指定有形文化財に指定されている、
「一石橋迷子しらせ石標」です。
正面には「満よひ子の志るべ」(まよいごのしるべ)と彫られています。




安政の当時、日本橋界隈は江戸を代表する繁華街。
実際、迷い子が多く出たそうです。
携帯はおろか、連絡する手段の少ない時代です。
迷い子は地元の自治体住人が責任を持って保護せよという掟があって、
ここ西河岸町の人々は、かなり苦労していたようです。
そこでこの橋の袂にこれが建てられました。




一石橋迷子しらせ石標(正面・右側)
一石橋迷子しらせ石標(裏側・左側)




石標右側には「志らする方」(知らす方)、
左側には「たづぬる方」(尋ねる方)と彫られ、
その上部には四角い窪みが彫られています。
この窪みに、知らす方も、尋ねる方も、
その特徴を書いた紙を貼って情報を集めました。





裏側には、

安政四丁巳年三月
            西河岸町
御願済建之

と、あります。




「御願済」の「御」は「ご公儀」に対するものでしょう。
当時の幕府は町人にまでかなり細かい指導をしていたのでしょね。





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