宗吾旧宅 〜新川・印旛沼 サイクリング その五(4)〜

286-0003 成田市台方56





宗吾旧宅入口  宗吾旧宅案内




麻賀多神社の先に、
この宗吾旧宅の案内があり、
細く狭い下り坂を降りると、
宗吾の子孫である木内家の邸宅内に、
この古い日本家屋があって、
それが宗吾の旧宅であるとされています。



宗吾旧宅




あれれ?木内惣五郎夫妻は磔になり、
その男子は全員打ち首になったはずなのに、
なんで子孫がいるんだろうという疑問。
処刑時、すでに成人して、
他国の他家に嫁いでいた娘さんが戻り、
夫を養子にして木内家を継いだのだとか。





宗吾旧宅  宗吾旧宅の扁額



でも惣五郎は有力な説によると、
承応二年(1653)に処刑されているので、
その年代の名主屋敷が現存していれば、
当然国指定重要文化財クラスです。
実は、惣五郎の訴え・直訴の記録すら、
正式には全く何も残っておらず、
公津村にそういう名前の人がいたことまでしか、
現在では確認が取れないとか。
実際、将軍の籠に直訴なんて可能だろうか。
そんなの成功しちゃたら、
警備関係者数名だって切腹は免れまい。
お国替えがありますと、
新しい藩主は前の藩主を悪く風評することがあります。
正信の系統を悪物にして人気をとって、
正亮の系統を正当化したかったんじゃないかな。



椿井




旧宅内のこの椿井の井戸水が、
妻子と袂を別つ水盃に使われたそうです。