日吉大社

国指定史跡 日吉大社境内
延喜式内社(名神大社)・旧官幣大社
祭神 大己貴神大山咋神
520-0113 大津市坂本5-1-1
公式サイト http://hiyoshitaisha.jp/




山王 日枝神社 → その一その二その三その四
→ 日枝神社 日本橋摂社 (山王御旅所)
→ 船橋市金堀町 日枝神社【吉橋大師第六十七番(2)】




二の鳥居  山王鳥居




坂本ケーブル坂本駅から歩くこと僅か数分。
第二目的地の日吉大社の、
二の鳥居前に到着しました。
延喜式内社(名神大社)で旧社格官幣大社
江戸の日枝神社も含む全国約二千社ある、
日吉神社日枝神社山王神社の総本社で、
通称として天台山国清寺で祀られていた、
山王元弼真君にちなみ山王権現とも称されます。
かつては「日吉」は「ひえ」と読み、
古事記に「日枝の山」との記述もあります。
これが後の延暦寺建立後に、
比叡山」の由来となります。
延暦寺もこの日吉大社を、
比叡山の地主神・守護神として崇敬しました。
しかし信長の焼き討ちでは、
巻き添えをくって灰燼と化します。
さて三の鳥居は上部に山がある、
典型的な山王鳥居。



境内案内  神猿舎





想像していたよりもとても広い境内。
なるべく急いで延暦寺を下りたつもりでしたが、
三宮・牛尾宮のある八王子山には、
時間的にもう登れそうにないな。
神使である神猿舎にカメラを近づけたら、
あやうくデジカメRX100M3を、
マサルさまに奪われそうになりビビった。





西本宮楼門  西本宮拝殿



信長の死後、秀吉と家康の庇護により、
早くから再建されたので、
比叡山延暦寺よりも、
国宝・重文の建築物を多く有しています。
特に秀吉は幼名が「日吉丸」、
あだ名が「猿」だったことから、
特別な神社として復興に尽力したとか。
西本宮楼門は重文で、
よく見ると四隅を猿が支えています。
同時期の拝殿も当然重文です。




西本宮本殿




西本宮本殿は国宝で天正十四年(1586)の建立。
「日吉造」という独特の形状で、
床下にかつて仏事を営んだという、
「下殿」があります。
ご祭神は大己貴神です。




境内の滝



境内には摂社・末社ともに、
とっても重文だらけとかなり贅沢。
(写真は保存容量の関係でなくなく断念。)
川の水が上手く引き入れられていて、
境内の棟々の周囲を、小さな堀のように流れ、
一部にはこのような滝にもなっています。





東本宮楼門  東本宮内




重文の東本宮楼門をくぐると、
その重文・拝殿の前に、
参道を横切るような形で、
この重文の樹下宮の拝殿・本殿があります。
本宮の参道をクロスして、
摂社の拝殿・本殿と参道が配置されているのは、
関東ではほぼ見かけませんが、
関西でこれを見るのは初めてではありません。




樹下宮本殿  東本宮本殿
 



これがその重文の樹下宮の本殿と、
国宝の東本宮本殿です。
ご祭神は大山咋神
樹下宮のご祭神は鴨玉依神。
なるほどご夫婦の祭神だから、
わざわざクロスしているのかもしれませんね。




猿の霊石の後ろ姿  猿の霊石




さて東本宮本殿を出て坂を下ると、
参道にはこの猿の背中のような大石が。
これは猿の霊石と呼ばれいて
お参りした人を見送ってくれているのだとか。




穴太衆積みの石垣  里坊の町並み




穴太衆積みの石垣と、
里坊の並ぶ町並みが、
とても美しい坂本の町です。
もう少しゆっくりしたかったし、
西教寺にもお参りしたかったけれど、
残念ながら時間切れ。。。。




さらば比叡山、日吉神社  京阪坂本駅



南無根本伝教大師福聚金剛。
南無根本伝教大師福聚金剛。
南無根本伝教大師福聚金剛。



さらば比叡山延暦寺
さらば日吉大社
まだ名残惜しくも、
京阪坂本駅に到着してしまいました。




坂本から大津線に乗る  浜大津で京津線へ




坂本駅から大津線に乗り、
浜大津駅京津線へ乗り換えます。



三条で快速特急「洛楽」に乗り換える



京津線京都市営地下鉄に乗り入れていて、
三条京阪駅京阪線に乗り換え。
狙い通りに三条駅で、
快速特急「洛楽」に乗れました。



「洛楽」の車内  快速特急で缶チューハイ




これが七条駅から京橋駅までノンストップ!!、
そしてこの豪華車両で、
特急料金等の差額なしという、
至れり尽くせり、
おんぶにだっこに肩車。
乗り換えの三条京阪駅売店で買った、
缶酎ハイを飲みながら、
快適な家路(?)を楽しみました。