元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン(二郎京成大久保店ホーム)・蕎麦が好物。

神戸 三石神社 〜神功皇后像と幼き応神天皇を抱きた武内宿禰像〜

祭神 神功皇后・天照皇大神・素戔嗚大神
652-0863 神戸市兵庫区和田宮通3-2-51
公式サイト http://www.mitsuishi.or.jp




三石神社




和田神社に接してこの三石神社があります。
和田神社よりも少し規模が小さいので、
元々はその摂末社なのかと勘違いしましたが、
お参りして由緒をみると、
こちらも遷宮を繰り返し、
ここに遷されたものだったのです。





拝殿





さて元々ここ和田岬は、
神功皇后摂政元年(200)に、
神功皇后三韓征伐の帰途に、
上陸された地とされ、
三つの石を立てて、
神占いをした儀式の地だとか。
そして後の推古天皇十年(602)、
推古天皇が禊をしたところを祓殿塚とし、
玉座にした石をまた三石と呼びました。
さらに後の天平時代、
行基菩薩が和田泊を興した時に、
神功皇后の神霊が現れて、
船の往来を守るといわれたので、
祓殿塚の旧跡に祠を建立。
文禄二年(1593)に三石大神と改称します。
元々は現在地より東南約300mにありましたが、
享保7年(1722年)に遷宮
しかしこれがまた、
三菱の造船所設立の為、
明治三十九年(1906)に現在地に遷ったのです。




三石之遺蹟





境内に三つの石が祀られて、
「三石之遺蹟」とありますが、
これは旧社のあった、
現在の三菱重工神戸造船所内にも、
同じようなものが祀られているとか。




神功皇后と幼き応神天皇を抱きた武内宿禰像



また拝殿下右には、
鎧を身に着けた神功皇后と、
幼い応神天皇を抱いた武内宿禰の像があります。
ちなみに武内宿禰は三百年近く生きて、
第十二代景行天皇から第十六代仁徳天皇まで、
五代の天皇に渡り仕えた忠臣でございます。