「蝉しぐれ」(文春文庫) その二

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さて、今日は週イチのD当番。
結構やらねばならない仕事が、
久しぶりに山積みになっているもので、
ブログは恒例の貯金ネタです。







ツイッターでは何度も呟いておりますので、
ご存知の方も多いかと思いますが、
時代小説を読んだことがない姪に、
この「蝉しぐれ」を薦めて貸し、
事前に時代背景の解説をLINEでしていたら、
すっかり自分が再読したくなってしまい、
再び(三度?)文庫を購入してしまいました。
最近の文庫は上下二巻に分かれています。



物語の核心や、
ラストシーンについて触れますので、
まだ読まれていない方には、
ネタバレになります。ご注意下さい。




蝉しぐれ」を初めて読んだのは、
今から12年前の「その一」の頃で、
私がまだ三十五歳の時分でした。




切腹直前の父に接見した直後、
十六歳の文四郎の後悔について。
当時断絶していたとはいえ、
まだ父が健康だった私には、
あまり理解していませんでした。
私も父を亡くしてみて、
初めてこの後悔の嘆きが、
胸に痛く刺さりました。
私も文四郎と同様に、
あと数日でこの世を去る父を目前に、
やはり何も言えなかった。
いや、文四郎、お前は数え十六か。
私が父の死を見送ったのは、
満四十四歳のことです。



ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えばよかったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。父はおれを、十六にしては未熟だと思わなかっただろうか。


また自分の子供二人は当時小学生の頃で、
自分自身の年齢もまだ、
ラストシーンの二人の再会時よりも若く、
子育てをほぼ終えた二人の心情は、
あまり理解出来ていなかったのでしょう。
この台詞の美しさを初めて感じ入りました。


「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」
いきなり、お福さまがそう言った。だが顔はおだやかに微笑して、あり得たかもしれないその光景を夢みているように見えた。助左衛門も微笑した。そしてはっきりと言った。
「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」
「ほんとうに?」
「・・・・・」
「うれしい。でも、きっとこういうふうに終わるんですね。この世に悔いを持たぬ人などいないのでしょうから。はかない世の中・・・・」

これもツイッターにも呟きましたが、
そのラストシーンの再会で、
はたして文四郎とお福が結ばれたのか否か。
当時はそれが気になって仕方がなく、
藤沢周平の著書や海坂藩について研究する、
様々な資料を読み漁りましたが、
藤沢周平はそれを明確に答えてはいません。
でも、この歳になって読んでみると、
そんな下衆な話はどうでもよくなりました。
答えは台詞の行間にあります。


どのくらいの時がたったのだろう。お福さまがそっと助左衛門の身体を押しのけた。乱れた襟を掻きあつめて助左衛門に背をむけると、お福さまはしばらく声をしのんで泣いたが、やがて顔を上げて振りむいたときには微笑していた。
ありがとう文四郎さん、とお福さまは湿った声で言った。
「これで思い残すことはありません」

       


またその後の文四郎の心情の表現が、
漢字、平仮名を使い分けていて、
とても絶妙なんです。
この表現は司馬遼太郎や、
池波正太郎には絶対にありません。



──あのひとの ・・・。
 白い胸など見なければよかったと思った。その記憶がうすらぐまでくるしむかも知れないという気がしたが、助左衛門の気持ちは一方で深く満たされてもいた。会って、今日の記憶が残ることになったのを、しあわせと思わねばなるまい。


ヒロインお福の心情の表現はありません。
隣家の文四郎に淡い憧れを持ち続けたまま、
泣く泣く奉公に出た江戸藩邸で、
藩主に力ずくで抱かれてしまう、
その瞬間の絶望や文四郎への想い。
もし藤沢周平さんがご存命ならば、
そんなお福の側から描いた、
もう一つの「蝉しぐれ」が読たかった。
お福は文四郎の近況を常に気にしており、
かなり詳しく知っていることが、
二人の僅かな会話の中に読み取れます。
お福はいつも文四郎に吸われた、
右手の中指を見つめて胸に抱き、
文四郎を想い続けていたのでしょう。





今回の再読後、
映画やドラマのクライマックスを、
改めて観直して見ましたが、
ドラマは演技はともかく、
設定や台本はまぁまぁですが、
映画のラストシーンは酷すぎます。
少ない台詞を変えてしまっていますし、
設定までも原作とは違います。
映画の子役二人が、
29歳と28歳になっているそうなので、
後半部分をその二人主演で、
原作に忠実に撮り直してつなげたら、
凄い名作になるような気がします。
まあ、色々な力関係で絶対に不可能ですが。。。




ともかく、姪の感想が楽しみです。




習志野森林公園の薔薇