元・【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住東京勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン二郎(京成大久保店がホーム)・蕎麦が大好物。

西光山 自性院 無量寺 (猫寺)

宗派 真言宗豊山派
本尊 阿弥陀如来
161-0031 新宿区西落合1-11-23



午後は得意先の研修施設とアポがあり、
初めて都営地下鉄大江戸線の、
落合南長崎駅に降り立ちました。




自性院会館・猫地蔵堂入口


約束の時間まで余裕があったので、
少し遠回りして歩いていると、
新青梅街道沿いに、
こんな看板を見かけました。
豊島八十八ヶ所霊場第二十四番霊場
自性院会館・猫地蔵堂入口??




新青梅街道側参道  参道の招き猫



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あ、いくつかある、
招き猫発祥伝説の一つが、
ここ西落合にあることは、
知識として知っていました。
ワタシは井伊家伝説の、
世田谷「豪徳寺」を支持しますが、
とりまお参りしてみましょう。
門前に狛犬ならぬ、
大きな石造の招き猫がおります。




本堂  本堂内




本堂の密壇にはご本尊の、
阿弥陀如来立像が祀られていました。



猫地蔵堂  猫地蔵堂内



地蔵堂には中央に、
彩色された観音様らしき、
菩薩立像がいらっしゃります
石造の猫地蔵は二体、
毎年2月3日のみのご開帳で、
現在は写真撮影は禁止とか。
拾い物の画像で失礼します。




文明九年(1477)の猫地蔵  明和四年(1767)の猫地蔵



上が文明九年(1477)に、
豊島左衛門尉と太田道灌が、
江古田・沼袋原の戦いの最中、
道に迷った道灌の前に、
一匹の黒猫が現れて、
自性院に導き入れ、
危難を救ったので、
猫の死後に地蔵像を造り、
奉納したという伝説のもの。
これが招き猫の発祥由来の一つです。
下は明和4年(1767)に、
貞女として名高かった、
金坂八郎治の妻、
覧操院孝室守心大姉の為、
牛込神楽坂の鮱屋弥平が、
猫面の地蔵像を奉納したというもの、
こちらは猫面地蔵と呼ばれています。
なんでボラ屋さんが、
苗字帯刀の武士の妻を、
供養したのかようわかりませんが。




朱塗りの総門






地蔵堂の右隣、
境内東側の本堂の向かいに、
この総門がありました。
本来はこちらが表参道なのでしょう。
朱塗りの門を許されたお寺ですので、
江戸幕府となんらか深い、
つながりがあった寺院と推定されます。