関神社跡 (ユクエピラチャシ跡) ~PCX150北海道ソロツーリング三日目-⑤~

国指定史跡 ユクエピラチャシ跡
祭神 関寛斎
089-4300 足寄郡陸別町




→ 関寛斎像(東金) その一
→ 関寛斎像(陸別) その二
→ 関寛斎生家
→ 面足神社(関寛斎産土神社)
→ 安立山常覚寺(関寛斎養父素寿の碑と関家・君塚家墓)
→ 製錦堂学校屋敷跡(関寛斎養家跡)
→ 関寛斎資料館
→ 関寛翁辞世歌碑
→ 関神社跡
→ 関寛斎・関あい姫埋葬の地・関農場跡




→ 「あい―永遠に在り」(ハルキ文庫)
→ 「評伝 関寛斎1830-1912 極寒の地に一身を捧げた老医」
→ 「胡蝶の夢」【一〜四】(新潮社文庫)





→ 「関寛斎」関連の記事



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ユクエピラチャシ跡下のPCX150  ユクエピラチャシ跡と関寛翁碑の案内



関寛斎を祀っていた関神社の跡があるという、
国指定史跡のユクエピラチャシ跡の下に来ました。
チャシとはアイヌが築造したある種の施設であり、
高い場所あり壕や崖などで周囲と切り離された施設。
このユクエピラチャシ跡は別称カネランのチャシといい、
ここ十勝川の上流域に16~18世紀に造られたものだとか。



関神社跡の碑  関神社参道




チャシの下と思われる場所に、
関神社に係わるらしき碑のようなものがあり、
かなり急な階段状の参道がありました。





関寛翁碑・表  関寛翁碑・裏



これを上がりきると、
正面には関寛斎資料館に拓本のあった、
関寛翁碑がそそり立ちます。



ユクエピラチャシ跡  
ユクエピラチャシ跡  ユクエピラチャシ跡



山上にはユクエピラチャシ跡の遺跡と思われる、
壕や崖のような痕跡がかなりはっきり残ります。




関神社の祠



この壕に遮られた形で、
陸別町を見下ろす東側に、
関神社のものと思われる小祠が残ります。
この手の神社は地方自治体が、
政教分離で手が付けられず、
このような「跡」になることが多いです。



関神社跡から陸別を見下ろす



神として祀られることを、
望むような寛斎ではありませんが、
関神社の小祠横からは、
陸別の町が一望出来ます。




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