船橋市指定文化財(史跡)
祭神 東照大権現(徳川家康公)・徳川秀忠公
273-0005 船橋市本町4-29
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さて、実は、
東魁楼は到着時に満席で、
しばらく一階で待っていたもので、
ワタシは一人周辺をお散歩タイム。
そうそう、この東魁楼の裏の道は、
御殿通りというんだよね。
船橋御殿があったところです。
てな訳で、
日本一小さい東照宮といわれる、
船橋御殿東照宮に、
18年ぶりに参拝致しました。
昭和40年(1965)3月17日指定
管理者本町4丁目町会
鷹狩りを好んだ徳川家康は、鷹狩りに向かう道中各地に宿泊・休憩のために御殿を建てました。船橋御殿もその一つで、東金へ鹰狩りに向かう途上にある船橋に御殿が建設されました。建設時期は、慶長19年(1614)、家康が東金で鷹狩りを行った頃と推定されています。
家康は元和元年(1615)11月に東金での鷹狩りの帰りに船橋御殿に宿泊したという記録が残っています。2代将軍秀忠も鷹狩りなどの際に休憩や宿泊をしましたが、時代が下るにつれ、徳川将軍家の東金での狩りが行われなくなり、船橋御般は使用されなくなりました。寛文11年(1671)、東金にあった御殿が廃止されていることから、船橋御殿もこの頃に廃止されたと考えられています。
御殿の跡地は、貞享年間(1684~88)に船橋大神宮宮司富氏に下げ渡され、多くは畑地となりました。宝永4年(1707)4月6日の「船橋御殿地裁絵図(右の図)によると、御殿の敷地は、現在の地図にあてはめると南は御殿通り、東は海老川、北は船橋小学校に挟まれた一帯で、御殿の周囲には土手が築かれ、防御機能を備えた施設であったことがわかります。御般の建物があった場所には、富氏によって徳川家康を祀る東照宮が建立されました。現在の東照宮は、安政4年(1857)に再建され、昭和2年(1927)に修繕されたものです。徳川家康と船傾の関係性を物語る貴重な史跡として、船橋市文化財に指定されています。
東照宮は左手の祠。
右は御殿稲荷というお稲荷様です。
日光東照宮の三猿は有名だけど、
別に東照宮とセットではないんデス。
ここにも御茶屋御殿のように、
堀と土手があったんだねぇ。
今となっては想像も出来ませんが。
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#今日のボン pic.twitter.com/FfMg2LKr4Y
— ボン爺@makotojinrei (@makotojinrei) 2025年5月18日








