日本百観音順打ち巡礼記

旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

【西国第二十五番】御嶽山 播州清水寺

宗派 天台宗
本尊 十一面千手観世音菩薩
ご詠歌 あはれみや 普き門の 品々に なにをかなみの ここに清水
673-1402 加東市平木1194
公式サイト https://kiyomizudera.net




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清水寺登山口  清水寺駐車場のカローラツーリング



さて、花山院菩提寺を、
午前9時半過ぎに出て、
午前10時15分に西国第二十五番の、
兵庫県加東市清水寺に着きました。
京都の清水寺と区別をする為に、
播州清水寺と呼ばれています。
コチラも花山院菩提寺と同じく、
天竺から紫の雲に乗って来た法道が住み、
鎮護国家豊作を祈願して、
創建したとされています。
法道が水神に祈ったところ霊泉が湧水し、
清水寺と名付けらました。
推古天皇三十五年(627)に、
推古天皇の勅願によって根本中堂が建立。
神亀二年(725)、聖武天皇の勅願で、
行基により大講堂が建立されました。
しかし大正二年(1913)に、
根本中堂や大講堂等を焼失。
大正六年(1917)に再建されています。



清水寺・仁王門
金剛力士阿形金剛力士吽形




仁王門は昭和四十年(1965)に全壊し、
昭和五十五年(1980)の再建。
金剛力士像は大正十年(1921)、
菅原大三郎の作成。




境内MAP  清水寺縁起
観音さまの説明  坂上田村麻呂佩刀を奉納す




参道の境内MAP、
清水寺縁起、
観音さまと、
坂上田村麻呂佩刀奉納の説明。



西国二十五番清水寺標石  全景図



全景図を見るとかなり巨大な境内。



手水舎  薬師堂




手水舎の向かいに、
薬師堂があります。



薬師如来  薬師如来



薬師堂は昭和五十九年(1984)再建。
創建は平清盛の義母・池の禅尼。




薬師堂内  薬師堂内




東京藝術大学籔内佐斗司教授作の、
ユーモラスな十二神将が安置されています。




大講堂  大講堂



聖武天皇の勅願所の大講堂は、
神亀二年(725)創建ですが、
大正二年(1913)に焼失。
大正六年(1917)再建。
登録有形文化財



大講堂の案内  大講堂内



大正時代作の
札所本尊千手観音坐像は拝観可能です。



放生池




大講堂から下に眺める放生池。





地蔵堂  子安地蔵



地蔵堂は昭和五十七年(1982)の再建で、
神戸大学元副学長の多淵教授の設計。
御本尊の子安地蔵は昭和十二年(1937)、
東京藝術大学の菅原安男名誉教授の作。



宝篋印塔



かなり痛んだ宝篋印塔があります。




根本中堂  根本中堂秘仏の写真



本堂である根本中堂も、
やはり国登録有形文化財
大講堂と同様に、
大正二年(1913)に焼失。
大正六年(1917)再建。
本尊十一面観音立像と、
両脇仏の毘沙門天立像、吉祥天立像は、
三十年に一度の開帳の秘仏で、
加東市指定有形文化財
ここで御朱印を頂戴しました。



第25番御朱印




おかげの井戸  



根本中堂の左裏に、
法道が水神に祈って、
湧水したといわれる、
寺名由来の霊泉・滾浄水の、
おかげの井戸。
覗き込んで自分の顔が写ったら、
寿命が三年伸びるそうですが、
全く何も見えません。




大塔(多宝塔)跡前の宝篋印塔



大塔(多宝塔)跡前の宝篋印塔。



大塔(多宝塔)跡  大塔(多宝塔)跡




大塔(多宝塔)は明治四十年(1907)に焼失。
大正十二年(1923)に再建されるも、
昭和四十年(1965)に台風で大きく傾き、
昭和四十八年(1973)に、
落雷のため上層部が崩壊。
その後撤去され、
現在は基壇だけが残ります。
最近この映画『室町無頼』で、
ロケ地に使われていました。









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