日本百観音順打ち巡礼記

旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

【坂東②第十番】巌殿山 正法寺 (岩殿観音) その二

宗派 真言宗智山派
本尊 千手正観世音菩薩
ご詠歌 後の世の 道を比企見の 観世音 この世を共に 助け給へや
355-0065 東松山市岩殿1229
公式サイト http://iwadonosan-shoboji.org



巌殿山 正法寺 (岩殿観音) → その一


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岩殿観音  岩殿観音駐車場のカローラツーリング



さて、10時45分にときがわ町の、
第九番・慈光寺を出発し、
11時半に東松山市の、
第十番・正法寺こと岩殿観音の、
無料駐車場に到着しました。
コチラも慈光寺と同様に、
19年2ヶ月30日ぶり二回目の訪問。
寺伝は養老年間(717-724)に、
沙門逸海が千手観音像を刻み開山して、
正法庵と称したそうです。
その後、坂上田村麻呂の伝説もありますが、
鎌倉時代初期に源頼朝の命で、
比企能員が復興しました。
北条政子の守り本尊だったと伝わります。
天正二年(1574)栄俊が中興開山。
天正十九年(1591)徳川家康から、
寺領二十五石の朱印地を与えられます。



仁王門下の石段



駐車場から少し戻って、
仁王門の下から参ります。
「巌殿山」と寺号の扁額を掲げた門です。




金剛力士吽形  金剛力士阿形



ガラス張りの左右には、
朱塗り阿吽の金剛力士阿吽像。
この門の右手には、
阿弥陀如来を祀る本堂がありますが、
まずは観音堂を目指しましょう。



本堂下の石段  境内



仁王門から更に石段を上り、
観音堂のある境内へ。




鐘楼  銅鐘と鐘楼の案内




鐘楼は元禄十五年(1702)の建立で、
東松山市内では最も古い建造物だそうで、
東松山市有形文化財に指定されています。
銅鐘(梵鐘)は元亨二年(1322)の鋳造で、
外面に無数の傷がありますが、
天正十八年(1590)の豊臣秀吉による、
関東征伐の際に、
山中を引き回した時の傷だとか。



岸壁の日本百観音石仏群



境内は岩殿丘陵の最東端にあり、
物見山という標高134.9mの山のすぐ隣で、
急傾斜地を切り崩したような、
岸壁に日本百観音石仏群があります。



観音堂への参道  正法寺の案内
観音堂  観音堂
観音堂内
観音堂境内見取図と物見山岩殿観音の勝  算額の案内



観音堂寛永年間(1624-1645)、
天明年間(1781-1789)に再建され、
現在の建物は明治十一年(1871)に、
火災によって焼失した為、
翌年高麗村白子(現飯能市)の、
長念寺という寺から、
移築されたものだそうです。



薬師堂と百地蔵堂



観音堂手前の左手には、
薬師堂と百地蔵堂があります。
地蔵堂内にはびっしりと、
小さなお地蔵様が並びます。



大イチョウ  大イチョウ
大イチョウ




観音堂手前右手の大イチョウは、
東松山市指定天然記念物。
樹高30m以上、樹齢は推定700年以上。




絵馬堂  絵馬堂内



絵馬堂と絵馬もかなり立派ですが、
特に文化財の案内はありません。



銅造地蔵菩薩立像と弘法大師空海像  境内からの景色



観音堂と向かい合うように、
銅造地蔵菩薩立像と、
弘法大師空海像が立っています。
ここから下を眺めると、
門前に真っ直ぐ伸びる表参道があります。
昔はかなり栄えていた門前町で、
実際に商店の建物のまま残っているのは
丁子屋旅館や向かいのうどん屋のみで、
いずれも今は営業しておりませんが、
昔の屋号が書かれた家がいくつかあります。




本堂  第10番御朱印




さて、本堂に一礼し、
その右隣の納経所で、
御朱印を頂戴しました。




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