千葉県指定無形民俗文化財
二宮神社
祭神 建速須佐之男命・稲田比売命・大国主命・藤原時平命
七年祭での役割 父・夫
274-0072 船橋市三山5-20-1
→ 下総三山の七年祭り 大祭初日
→ 下総三山の七年祭り 湯立祭(小祭)
二宮神社 その → 一、二、三、四、五、六
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→ 下総三山の七年祭り - Wikipedia
朝七時、あちらこちらから、
ドーン、ドーンと花火の音が鳴り出しました。
この音に起こされて窓をみれば、
予報されていた雨はまだ降っていません。
→ 菊田神社 - 旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】跡地
午前10時50分"叔父"である京成津田沼の菊田神社が、
我がマンションの前を通過していきます。
治承年間(1177〜1180)に、
藤原時平の子孫、藤原師経と藤原師長の一族郎党が、
下総国へと左遷となって、
相模国から船に乗り最初に上陸した久久田(くぐた)に、
祀られたこの神社を"叔父"とするキャスティングは、
なんとも納得してしまう絶妙なセンス。
さてこの"叔父"を追うように、
神揃場へと出かけました。
小雨もちらつき始めていますが、
10時から交通規制されて、
六年ぶりに現れた歩行者天国は、
もの凄い人出、人ごみです。
竹矢来を取り囲む大群衆。
櫓の上ももう"特権"の観客が詰めています。
ただステージはぽつんと"叔父"さん一柱です。
ここでこの"七年祭大祭日程表"をチェック。
どうやらホストである父・二宮神社は、
ほどなく神揃場へとやって来るようです。
出迎えの神様を出迎えてみましょうか。
以前、陸軍の給水塔のあった船橋市市内の、
習志野市の企業局の水道施設の場所から、
神揃場を経て、二宮神社までが俄か歩行者天国ゾーン。
なぜかその中間地点あたりに、
時平神社の山車が停車して神楽を奏じています。
やって参りました、二宮神社の御神輿です。
さて、お客さんをちょいとそこまで、
「お出迎えすんべか。」と、いったところか。
しかし大祭での担ぎ手は、地元三山ではありません。
今、担いでいるのは、習志野市藤崎の"藤若"衆。
後に田喜野井と交代します。
いったいどうしてこうなったのか、
これは次の六年後までに、
私の課題とさせてください。
ここで、ちょいとガソリン補給。
次男よ、それは父ちゃんのつまみだ。
二宮神社の神輿が神揃場の竹矢来の中に入場します。
なんとプロらしい女性の実況中継がなされています。
七年祭も変わりました。(汗)
神輿は神揃場内で、ぐるりともまれ、
予め定められた、清め祀られた神輿台に置かれます。
ここでまたお祓い。さて、他のお客様を待ちます。
・・・が、正直私の位置からでは、
あまりよく見えませんでした。
その群集でびっしりのホコ天を、
まるでモーゼの十戒ように割って進む救急車。
どうやら誰か倒れたのか、
実況中継の女性は、
その家族の方を呼んでいます。
急性アルコール中毒かなぁ〜。
大事にならなければいけど・・・。
竹矢来の周りでは、あまりよく神輿がみえません。
旧給水塔の前で、次に来る神社を待ってみます。
→ 大原大宮神社 - 旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】跡地
実籾の大原大宮神社がやって来ました。
二宮大神の主祭神は「建速須佐之男命」つまりスサノオ。
厳密には血のつながった息子ではありませんが、
スサノオが恋焦れた母「伊奘冉命」(イザナミ)を祀る大原と、
スサノオの実の父「伊奘諾命」(イザナギ)を祀る大宮の合祀、
この大原大宮神社を"叔母"としたキャスティングも絶妙です。
こちらの稚児さんは二宮のように青年男子ではなく、
中学生ほどの女の子。やっぱりこちらの方がきれいでいいな。
うっすらと伸びたヒゲの上の白粉は、怖いです。
→ 三代王神社 - 旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】跡地
さて、武石の三代王神社がやって着ました。
中臣氏(後の藤原氏)の祖神、天児屋命の孫の、
天種子命(アメノタネコノミコト)という神様を祀っていることから
"産婆"というキャストですが、
実質は藤原時平伝説とは離れて、
この安産御礼の主、馬加康胤と同じ千葉氏、
武石胤盛の建立ですから、
ちょっと遠慮した配役なのか。
まあ安産御礼大祭では、
産婆はそんなに脇役ではありません。
しかし、この"産婆"さん、
とってもお"転婆"な激しいお神輿。
最近「せいやっ。」に圧され、
少なくなった「わっしょい。」も高感度。
いやいやとってもカッコよかった。
しかしここで次男が寒さに震えだしました。
子安神社(千葉市花見川区畑)妻・母
時平神社(八千代市大和田・萓田町)息子・長男
八王子神社(船橋市古和釜)末息子
高津比竎神社(八千代市高津)娘
子守神社(千葉市花見川区幕張)子守
・・・が、まだですが、
残念だけどギブアップ。
家に帰って風呂に入ったら、夜まで寝ちゃった。
夜七時、今度は長男も交え、
そぼ降る雨の中、厚着をして、
傘を差してリベンジです
夜の神揃場は、まさに"兵どもの夢のあと"。
なんだか寂しくなっちゃいました。
しかし露店は夜店となって今が絶好調。
"大きな子供"にとってはいつまでも心躍る光景です。
残念ながら各神社の神輿が、
ダイナミックに拝殿に昇殿する様子は観れませんでした。
ただ二宮の神輿はまだ参道で、もまれています。
あんた、神様だって、そんなにもまれたら、
神輿酔い、しちゃうって・・・。
玄人演芸大会の始まる二宮神社。
群集のボルテージは最高潮。
私が子供の頃は、
パイプ椅子に座った老人達が、
ケーシー高峰さんの医療ギャグに、
入れ歯をずらして笑っていたものですが、
今日は中高生や大学生といった年代の若者ばかり。
このおかまのカトゥー直也さんも、
この漫才ホームチームさんも、
あたしゃまったく知りませんでしたが、
こういう状況ではなにをやってもウケるようで、
芸人さんは楽でしょう。
出稼ぎの中国雑技団のお二人の後は、
お次は「インターネットのヤホー」のナイツさん。
テレビと違ってちょっと下ネタが多かった。
やっぱり"はなわ"さんとよく似ているね。
大トリが狩野栄考さん。
凄いウケていたけど、
なんだか勢いだけだったかな。
さて祭りはこの後、
二宮(父)、
子安(母)、
子守(子守)、
三代王(産婆)の神輿のみが、
未明に旧幕張海岸に出向き、
磯出式が行われます。
その後は二宮の神輿は田喜野井に引き渡され、
なんだかんだと明日の夜まで続きます。
・・・が、さすがにそこまではおっかてはいられません。
いやいや下総三山の七年祭も、随分と変わりました。
次は私46歳。長男は19歳、次男は16歳。
もう子供達は付き合ってもらえそうにありませんが、
まだブログをやっていれば、
「下総三山の七年祭り 御礼大祭 その二」をやりましょう。
その前に、俺、生きているか!!??。
つづく。
つづかないかも。
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