祭神 奇稲田姫命
七年祭での役割 母・妻
262-0018 千葉市花見川区畑町2093
→ 下総三山の七年祭り 大祭初日
→ 下総三山の七年祭り 湯立祭(小祭)
→ 「下総三山の七年祭り」関連の記事
→ 下総三山の七年祭り - Wikipedia
いつもは平均2〜3日で一冊の本を読んでいる私。
面白かった本はいつもここに書いていたので、
大抵、週に一本は【本・雑誌】の記事を書いていましたが、
ipodを買ってからというもの、
「青空i文庫」に、
「産経Net View」に、
「DVDダビングfor iPod」と、
トンとご無沙汰状態。
今現在では映画少年だった頃を思い出して、
黒澤明監督作品にずっぽりとハマっております。
第?次黒澤明マイブーム到来中の私。
最寄のレンタル店ゲオは今、旧作全品100円サービス中。
あらん限りの黒澤明作品を借り、
iTunesにいそいそとDLしておりますが、
この京成大久保店だけでは全作は揃いません。
ゲオの会員証は全国共通。
はて、近所に他にあったかのぅ。
ああ、夏に入院して手術したまだ月に一回通院している、
いまにし医院に行く途中にあったっけか。
明日は遅刻して通院する予定です。
今日借りても明日返せるね。ちょっと行って見よう。
しかしわざさわざ行ってみるもお目当ての作品はありませんでした・・・。
黒澤明の各作品については近くネタ切れの時に書く予定です。
・・・さて折角こんなところまでやって来ました。
確か、このすぐ近くに七年祭りの「母・妻」をつとめる、
子安神社があったはずです。
七年祭りは安産御礼祭り。
二宮神社と並びまさに主役である神社ですが、
まだお参りしたことがありません。
早速、伺ってみました。
古くからの豪農のような屋敷が立ち並ぶ集落の奥に、
この神社はひっそりとありました。
鳥居をくぐると左手には、
多くの石碑群が立ち並びます。
その中に、道祖神と庚申塚の間に、
字はすっかり風化して読み取れませんが、
おそらく六十六部供養塔と思われるものがあります。
さほど歴史は深くないであろう拝殿ですが、
神社の由緒は遠い昔に遡ります。
そもそもこちらは桓武天皇の世の延暦年間(782-805)に、
この地を支配した豪族を祀る墳墓をご神体として創立されたそうです。
子安大明神となったのは醍醐天皇の世、延喜年間(901-922)に、
奇稲田姫命を勧請し祀られてからのことのようです。
二宮神社の主祭神は建速須佐之男命(スサノオ)ですから、
まさに奥様の奇稲田姫命(クシナダヒメ)を祀るこちら。
神社の案内板には「御岩田帯皇室御献上之宮」とありますが、
それに対する詳しい説明はありませんでした。
また習志野市藤崎にある子安神社との関係も結局不明のままです。
→ 藤崎 子安神社 - 旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】跡地
私の想像では、
ここを中心とした千葉氏に関連する豪族と、
二宮神社周辺を中心とした藤原氏に関連する豪族が、
政略的に「結婚」したことから、
「七年祭り」が生まれたのではないかと思っております。
拝殿・本殿の左手には、
境内末社の小祠がいくつも立ち並びます。
その内の一つには、この子授地蔵と子育観音が祀られていました。
この辺りではあまり厳格に神仏分離は行われなかったのかもしれません。
・・・いや違うかな。どうだろう。
ちなみに一番近くにあるお寺は日蓮正宗でした。
山頂に古峯神社・大杉神社が祀られているこの小丘が、
そもそもの神社のご神体であったであろう子安古墳のようです。
しかしその頃はその名称ではなかったはず。
この花見川一帯の周辺の遺跡を「畑町宮脇遺跡」と呼ぶそうです。
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