「夢を売る男」


→ 「「黄金のバンタム」を破った男」(PHP文芸文庫)
→ 「海賊とよばれた男」【上・下】
→ 「影法師」(講談社文庫)
→ 「影法師」
→ 「モンスター」(幻冬舎文庫)
→ 「風の中のマリア」 (講談社文庫)
→  DVD「ボックス!」
→ 「ボックス!」【上・下】(太田出版文庫)
→ 「輝く夜」 (講談社文庫)
→ 「永遠の0(ゼロ)」(講談社文庫)
→ 「百田尚樹」関連の記事



何度か似たようなことを書いておりますが、
ガキの時分から本が大好きで、
大概の代表的な文学作品には、
ほとんど手を伸ばしていました。
高校の頃、国語の授業で書いた短篇が、
文芸部顧問の詩人である教師の目にとまり、
勝手に地方紙の文芸賞に応募されていて、
なんと佳作に入選し、
その時は「天狗」になりました。
その後もおだてられて、
何度か同様の文学賞に応募したものの、
結果はやっとこさ入選止まり。。。
賞評も「若き荒削りな才能」、
「今後の人生経験に期待」みたいな感じでした。
そんなお世辞を真に受けて、
いろんな人生経験を積んで、
いつかは作家になりたいって思ってました。
しかし数年後、わずか9〜10歳しか違わない、
宮部みゆきさん、東野圭吾さんらの、
多才な素晴らしい作品の数々を読んで愕然とし、
自分の才能の皆無を自覚して、
きっぱりと夢から覚めた次第です。



そんな夢を忘れて、
仕事におわれて過ごした日々。
今の会社での限界を感じ、
資格を取って独立をしようと考えたのは、
今から約十余年前のこと。
資格試験の度胸試しに、
ダメ元で地方自治体の、
社会人・主任採用試験を受けたら、
なんと競争倍率、何百倍の、
筆記試験・小論文の一次試験を、
なぜか奇跡的に通過しました。
しかし最終選考試験は、
これまでの民間経験と今の職歴を、
いかに行政に活かせるかという、
提案をプレゼンテーション。。。
結果は苦し紛れの稚拙な発表で、
当然不合格でございます。
(→この企画が後に勝手に採用されていて頭に来た記事
おいらにはこの会社しかないんだと諦めて、
今に至るという、恥の多い人生でございます。



この転職を諦めた頃から始めたこのブログ。
当初は本気で、御府内八十八ヶ所の順打ちの巡礼と、
元々、無宗教主義を主張していた私が、
いかに神仏集合主義・多宗教に至ったか、
その経緯を描くブログだったのです。
当時、小さな出版社から、
フリーライターとしての独立や、
ブログを本にすることを提案されたことがありましたが、
今、この本を読んでみると、
私、サイコーのカモだったんでしょうね。
ただし幸い私のような小遣い制のお父ちゃんは、
そんな目先の資本すらないんですよ。



夢を売る男

夢を売る男



モデルは要するにあの「文芸社」の自費出版
おだてて、なだめて、持ち上げて、
ジョイント・プレスとして提案して、
大金をせしめる詐欺まがいの商売疑惑を、
「夢を売る」仕事であると、
コメディに仕上げた問題作です。
いやそれだけではなく、芥川賞直木賞も、
結局は文藝春秋のおためこがしであるとしています。
いやいや、確かにそうだよね。
今までの受賞作で、文藝春秋の作品は断然多く、
駄作もほとんど、そこにある。
百田さん、もうこれでは絶対に直木賞獲れないね。。。

「知ってるか。世界中のインターネットのブログで、
一番多く使われている言語は日本語なんだぜ」
「日本人は世界で一番自己表現したい民族だということだ」

「小説を書く奴なんて、たいてい頭がおかしいんだ」

「近頃のガキは子供の頃から、親や教師から『君はやればできる子なんだから』などと言われ続けているもんだから、大人になってもそう思い込んでいる

ちゃんと自分にも触れているのはさすがだね。
作品中実在の人物が実名で登場するのはここだけです。


「かといって、元テレビ屋の百田何某みたいに、毎日、全然違うメニューを出すような作家も問題だがな。前に食ったラーメンが美味かったから、また来てみたらカレー屋になっているような店に顧客がつくはずもない。しかもに次に来てみれば、たこ焼き屋になっている始末だからな―」
「馬鹿ですね」
「まあ、直に消える作家だ」

あははは。www
おいらは百田さんならイタリアンでもフレンチでも、
石焼き芋屋でも、読者としてついて行くよん。




でもね、ラストはやっぱり百田マジック。
最後はわざわざ改頁させて一行のみ。
これが泣かせるんだな〜。(;▽;)ノシ




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