真田山 三光神社 〜真田幸村像 その二〜

祭神 天照大神・月読尊・素戔嗚尊仁徳天皇
543-0013 大阪市天王寺区玉造本町14-90
公式サイト http://www.eonet.ne.jp/~sankou/index.htm





→ 安居神社 〜真田幸村戦死跡之碑・真田幸村像その一〜





三光神社鳥居



午後イチは玉造にアポがあったもので、
こちらも真田信繁こと、
真田幸村にゆかりのある、
三光神社にお参りしました。


三光神社由緒1  三光神社由緒2


神社に「真田山」と山号があるのには、
少し違和感がありますが
本来は反正天皇の世の創建と言われ、
創建以来、武内宿禰の末裔である、
武川氏が神職を務めて現在は八十六代目なんだそうです。
元々この一帯は「姫の松原」と呼ばれ、
かつては「姫山神社」と称していたものの、
宮城の三光宮(現在の青麻神社)を勧請して、
そちらの方が有名になり、明治に合祀して、
社名を「三光神社」としたそうです。



三光神社参道  三光神社拝殿



また諸説はありますが、
大坂の陣真田信繁大坂城から抜け穴を掘ったという、
真田丸」はここだと言われ、
後に「宰相山」「真田山」と名付けられました。




真田幸村像1  真田幸村像2




ちょっとふっくらとしている真田幸村像。
終焉の地の銅像と比較すると、
さすがは大活躍の場所ですからお元気そうです。




史跡 真田の抜穴跡  抜穴内




「史跡・真田の抜穴跡」とありますが、
これは後世になって再現されたものなんだとか。