上総国一宮
祭神 玉依姫命
299-4301 長生郡一宮町一宮3048
公式サイト http://www.tamasaki.org/
さて本日最後は神社です。
長生郡一宮町一宮に戻り、その名の由来、
上総国一ノ宮、玉前神社(たまさきじんじゃ)にお参りしました。
朱塗りの大鳥居をくぐると、
石造二之鳥居の左側に大きな井戸があり、
日本武尊が白鳥の姿で立ち寄ったという、
「ご神水」があります。
蛇口が設けられていますが、
鉄分が多いというこのお水。
少し口に含んでみると確かに鉄棒のような味がしました。
三之鳥居下から拝殿を眺めます。
どうやら拝殿は改修中のようです。
さてこちらのご祭神は玉依姫命。
諸説はありますが、
最も簡単に説明すれば、
初代天皇、神武天皇の母君です。
拝殿・本殿は、黒漆塗りの権現造りという珍しい様式で、
貞享四年(1687)の造営です。
彫刻は左甚五郎の作とも言われていますが、
何も彫刻の盛んなこの上総にあって、
わざわざそんな招聘は必要ありません。
珍しくはありませんが力石が二つ。
これもかなり大きい方に分類されるでしょう。
昔から海に近い人々はカルシウムの摂取が、
豊富だったのか、山の民と比較すると、
大きくて筋肉質だったという説もあります。
社殿左手に、千葉県の県木イヌマキが大小約二十本群生しています。
一番の大樹は高さ20m・幹囲3.26mの樹齢300年と言われる老木。
この群生は一宮町の天然記念物に登録されています。
さらにその近く平廣常顕彰碑があります。
ちょっと書き疲れたので、
平廣常こと、上総広常についてはこのウィキの記事をどうぞ。
上総に多くある、松尾芭蕉の句碑もあります。
たかき屋にの 御製の有難を今も猶
叡慮にて賑ふたみや庭かまど はせを
と、詠われています。
熾仁親王筆の「西南戦争紀念碑」と彰仁親王筆の「征清紀念碑」が並びます。
あれ、でもちょっと字が違うのはなぜ。
お二人の字はもうちょっと××(自主規制)だったはず。
末社をまとめた十二神社。
こちらも神様オールスター。
夢の競演の小祠です。
拝殿左手よりぐるっと回り、
本殿の裏手に出ました。
なるほど重厚な立派な本殿です。
ぐるっと回って拝殿の右手に戻ると、この招魂殿。
一宮町から出征し亡くなった、
日清・日露戦争から太平洋戦争までの戦没者三百二十五柱が祀られています。
その手前右側には朽ちた錨と、
この東郷平八郎書の獲錨記念碑。
そしてなんじゃもんじゃの木と呼ばれる、
ご神木のイスの木が聳えます。
この神楽殿では、
千葉県指定無形民俗文化財に指定されている、
上総神楽が奏されるそうです。
宝永七年(1710)から続く、
約三百年の歴史を持つ神楽だとか。
一度は見てみたいものです。
さて一旦、横芝光町に戻り、渋滞を避け、
深夜に習志野に帰宅しました。
連休最終日はさすがに休息日と致します。
← 二つのブログランキングに参加しております。
← よろしかったら応援クリックをお願い致します。