元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、自転車、バイクが趣味。ラーメン二郎(京成大久保店ホーム)・蕎麦が大好物。

船形山 普門院 大福寺 (崖観音)

宗派 真言宗智山派
本尊 十一面観世音菩薩
294-0056 館山市船形835
公式サイト http://www.gakekannon.jp/



館山道終点から、那古寺へ向う道すがら、
那古寺と同様に、いたるところに道案内の出ていた「崖の観音」。
これは"カンノンマイラー"としては、
お参りせずにはいられません。



船形山 普門院 大福寺 (崖観音)





通称、崖観音、正式には船形山普門院大福寺。
那古寺と同じく真言宗智山派のお寺です。
こちらも那古寺と同じ養老元年(717)に、
やはり同じ行基菩薩によって、
漁民の海上安全と豊漁の祈願を込めて、
山の岩肌の自然石に十一観世音菩薩を刻んだことが起源とされ、
その後に慈覚大師円仁が来錫し堂字を建立したと言われています。


崖の観音  崖観音堂



ただし承応二年(1653)に観音堂は火災によって灰燼に帰し、
正徳五年(1715)に再建さたものの、
明治四十三年(1910)の豪雨によって再び倒壊。
さらに再建するもまた関東大震災で三度倒壊し、
現存の御堂は大正十四年(1925)、本堂は昭和元年(1926)に建てられものとか。



石段途中より崖観音をのぞむ  崖観音堂上のの鳶




先ほどの那古寺の潮音台で、
体力的にかみさんはもうギブアップ。
本堂前で独りお留守番させて、
足の痛む男性陣はまた石段を上ります。
青い空には、トンビがくるりとピーヒャララ。




石段の上の不動堂  成田山分霊の不動明王




急な石壇を上がりきると、
突き当たりの洞窟には成田山と記された不動堂。
新勝寺の分霊勧請なのかもしれません。




諏訪神社 拝殿  諏訪神社 本殿  



その左手、現在はきちんと区切られておりますが、
おそらく神仏分離まで同一であったであろう、
建御名方神を祀る諏訪神社がありました。




崖観音堂より館山の海を臨む  崖観音堂より下界を望む
 



ここもまた那古寺に負けない絶景です。
岩にへばりついて観音を刻んだ遠い古の僧侶を想います。



崖観音堂  
崖観音本尊




この磨崖仏の観音さま、残念ながらお顔は拝せませんが、
像高は131cm、頭上に菩薩面、左手に水瓶、
舟形の光背で、二重蓮華座の上に立っています。
磨耗が激しく、製作年代は不明です。



さてお腹が減りました。
館山道を鋸南保田ICへと戻ります。





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