元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、自転車、バイクが趣味。ラーメン二郎(京成大久保店ホーム)・蕎麦が大好物。

次男の"幻の"市内陸上大会出場と左肘複雑骨折入院手術について


長男の市内陸上大会 → 
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中学入学時、陸上部入部を断念した、
今年中3になった長男のオスグット・シュラッター病と同様に、
この4月で小6になった次男は、
やはり成長痛のセバー病こと、踵骨骨端症。
どうも私の血統は、かけ足が速く生まれるものの、
なぜかどこかしら足に不安がある血筋のよう。
競馬馬ならコンビーフにされていたかもしれません。



さて小学6年生の選ばれたほんの一部しか、
個人種目に出場できない習志野市の市内陸上大会。
長男の100m走選出出場に、興奮して記事を書いたのは、
もう三年前のこと。その時も長男の膝はかなり痛そうでした。
しかし次男の踵はそれ以上の重症で、
長い「徒競走」系の競技はとても無理とか・・・。
・・・しかし負けず嫌いの次男坊。
彼なりに市内陸上大会選出出場に向けて、
走り高跳び」に転向し、日々練習を積んでいることは、
この父も聞いており、今日がその最終選考日であることも知っていました。
しかし市内陸上大会競技会当日は、
"丸の内分園"のある企業との月例会議です。
とても代休にするのは無理ですが、もし選手に選出されれば、
かみさんからの実況メール中継の予定だったんです。




さて七連休明けの久しぶりの出勤。
日曜日は休日出勤の予定なので、
明日は休みですが「私のGWは昨日まで。」と、
気持ちを入れ替えて出勤した無償の早出の金曜日。
いつもの通り、神田分園での出張朝礼を終えた頃、
かみさんから、次男が今日の最終選考練習で大怪我をした。
・・・と、いうメールが入りました。
走り高跳びの着地に失敗して左肘から落ちた。」とか。
骨がやばいみたい。」だって。




なんのなんの男の子の怪我は勲章よ。
息子達以上にやんちゃだった私は、
縫ったり折ったりは日常茶飯事。
骨の一本や二本どーてこたないさ。
ここでついつい、ツイートしてしまい、
後に皆様にご心配をおかけすることになりました。(反省)




さて、かみさんからの次のメール。
担ぎ込んだ近所の整形外科病院が、
治療、手術をギブアップして、
総合病院への紹介状をもらったとか。
・・・これはおそらく一大事。
怪我慣れをしている私だけに、
事態の深刻さがすぐに分かりました・・・。




とにかく早退してすぐにその総合病院へと向いたいものの、
これからしばらく家とその病院の往復になることは必至です。
ご存知の通り、今我が家には車がありません。
念の為、ダイハツ売店へと電話をして、納車予定を聞くもやはり未定。
納車までの間、代車を依頼してみるも、案の定代車はなく、
営業担当者が自分の自家用車を貸すと言ってくれたものの、ありがたくご辞退。
仕事をとりあえずいい加減に片付けて、はい、さよならよ〜、で、
都合よく土日を挟むので、会社の軽貨物をほとんど勝手に状態で借りて、
そのまま首都高七号、京葉道路をぶっ飛ばして、
花輪ICで降りて谷津にあるその総合病院へ・・・。





谷津保険病院




目指す「谷津保険病院」にほどなく到着。
小学校の体操着のままに、
痛みに耐えて、検査を待たされていた次男。
かなり動揺している様子のかみさん。
素人目で見ても、赤黒く腫れあがった肘の中に、
折れた骨が複雑に突き出している様子がありありと分かります。
泣けないほどに痛かったし、今も大激痛だという次男。
なんのなんと、父ちゃんが、ここをこう怪我した時は。」と、
気を紛らわす「父ちゃんの痛いの痛いの自慢談話」。
血液・尿検査、レントゲン、CTなど一通りの検査を終えて、
先生の診察結果は、全身麻酔での手術と、二、三日の入院が必要とか・・・。




個室に通された次男




とりあえず手術直後の今晩は付き添いが必要なのでと、
父ちゃんが許されなかった"個室"へと案内されました。
いいなぁ〜息子よ。」とまたおちゃらけて、
この記念撮影とまたまた「父ちゃんの合部屋入院自慢談話」。




軽貨物にチャリを積む




先生の空き時間による緊急の手術になるので、
保護者が一人は常に待機していてほしいそうなので、
私が一人家に戻って、入院に必要なものを取りに帰ります。
とりあえずJR津田沼駅を経由して、
朝、駅にとめたチャリを無理矢理回収して急いで我が家へ。
実は、下着やら、タオルやら、パジャマやら、
スリッパやらテッシュやら、家の中の物がどこにどうあるのか、
まったく分かっちゃいない私です。
ここからはもうほとんどコソ泥状態。
部屋は今もそのままでぐっちゃぐちゃ、
もし私がこのまま今失踪したら、
おそらく鑑識は「室内は物色されていた。」と判定することでしょう。




手術直前の次男




さて用意を終えてスーツから私服に着換えて、
また病院に戻ると、次男は手術着に着替えさせられ、
点滴類のチューブ等に囲まれています。
妻は全身麻酔のリスクを聞かされて、
その同意書にビビリつつ、拇印を押したとか。
二人共にかなり参っている様子なので、
また、おちゃらけるしかないでしょう。
そんなリスク、車に乗っていて、事故で死ぬよりも全然少ないって、あはは。
・・・とは、いうものの、ツイートした通り、
親としては当然、不安・・・・・。




手術室に消えていく次男




16時10分、骨折から約8時間、
次男のベッドが手術室へと入っていきます。
寝てれば終わるさ、いい夢みろよ。」と、
またおちゃらけて送り出したものの、息子よ、すまん、
おらー、全身麻酔の経験はないんだわさ。(笑)



さて手術中の一時間。
ここで気を紛らわす為に、
皆さんからのツイートや、ダイレクトメッセージ、
メールに返信をして、会社に電話を入れました。
かみさんがかなり動揺していたので、
どーてこたねえーよ、ふん。」という姿勢を崩しませんでしたが
ホントはおいらもかなり緊張してた・・・。



一時間半近く後になって、執刀医からの呼び出しです。
CTとレントゲンをみせてもらいながら丁寧に説明を頂きました。
とりあえず、肘の複雑骨折は元のようにつながって、
今は、大きく長い二本の金属棒を刺して固定している様子。
後々に痺れ等がなければ、大成功と言ってよいとか。




手術後の次男  手術後の次男





部屋に戻ると、麻酔から覚めたばかりの、
意識朦朧とした次男のベッドが戻っていて、
おもわずうるるっ・・・。
でもとりあえず、またおちゃらけて記念撮影。
でもこの酸素マスクや点滴、
その他の計器に囲まれている姿は痛々しい・・・。




かきこんだ吉牛並玉子



さて、かみさんは一晩付き添いで一泊。
私はまた一旦家に戻り、
夜に塾がある長男と合流し、
これまたとりあえず感覚で、
二人で吉野家の牛丼並玉子をかきこんで、
またまた病院にと戻りました。
兄弟涙の再会とはいえませんが、
どこか二人とも安心している様子が感じ取れます。
やっぱ、兄弟っていいね。(・・・私は一人っ子です。。。)





しかし、無料の第二駐車場に駐車したら、
夜になってチェーンを掛けられて、外に出られず、
守衛室にお願いして開けてもらったものの、
無愛想な警備員さんに無言で睨まれた・・・。
長男の塾は15分の遅刻です・・・。
・・・ま、今日は仕方ないか。(笑)




会社から借りた軽貨物




会社から借りたミニカくん、
今日はいろいろとお世話になりました。
次男の市内陸上大会出場は、
今日この怪我をしなければ達成出来ていたようですが、
結局、幻となりました。
うん、次男よ、でもそれよりも、
もっとよい経験をしたんじゃないのかな。
お前のことを心より心配してくれた、
皆様からのメッセージは、退院後に本人に見せます。




セガレよ、俺はね、自らの激痛に唸りながら、
我が家の家計と、入院費を気にする小6のお前が大好きです。
早く良くなって、新しいムーヴカスタムで二人、
神社仏閣をまわって、美味い蕎麦を食べに行こう。





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