祭神 弁財天・おはん命?
274-0073 船橋市田喜野井6-4
更に、サイクリングを続けると、
今度はこんな小さな池に辿り着きました。
由緒、案内板等は何もありません。
排水口にわずかに水の流れる音がしますから、
かすかにまだ水が湧いているのか。
それても生活排水が流れ込んでいるのだろうか。
池の畔、昭和六十二年(1987)建立の石鳥居の中、
小さな石祠の弁財天が祀られています。
これはかなりはっきりと銘が読めます。
下総国千葉群田木井村
弁
財
天
元禄十四年辛巳年六月十三日
「田木ノ井村」は、田喜野井の旧表記。
元禄十四年といえば西暦1701年。
あの「松之廊下の刃傷事件」の年ではないですか。
弁財天の右側には、
平成二十年(2008)に「おはんの会」によって建立された、
「おはん之慰霊碑」。
「寄付賛同者ご芳名」には田喜野井、三山、二宮と、
地元の方々の他に、東京、横浜、浦安という文字もみえます。
しかし肝心な、このおはんが池跡の説明がありません。
私が想像するに、この池は"跡"とされていることから、
元々はもっと大きな沼のようなものであって、
おそらくそこに、身を投げた?、
または不慮の事故で落ちて亡くなった?、
"おはん"という若くて美しい娘さんの伝説が残っているではないでしょうか。
ご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。
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