元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン(二郎京成大久保店ホーム)・蕎麦が好物。

多摩川サイクリングコース (たまリバー50キロ)  〜玉川兄弟像〜



三連休最終日ですが、
またまた急な思い付きですが、
チャリの相棒のゾウと、
多摩川サイクリングロードこと、
通称"多摩サイ"⚾🦏を、
走ろうということになりました。
羽村取水堰付近から、
大田区大師橋緑地までの、
約53kmの左岸は、
たまリバー50キロ」として、
整備がされているとか。





津田沼の松屋  久しぶりに食べる松屋の朝食




まずはJR津田沼駅前の、
松屋の朝食で腹ごしらえ。
新大阪別宅撤収から、
約一年ぶりに食べるけど。
てか、関東で食べるの初めてかも。
関東の松屋にうどんがないって、
ホントなんだな、なんか不思議。




チャリをバラす  袋詰完了




いつもの様にJR津田沼駅北口の、
ワショーイ像前でチャリをバラし、
輪行袋にと詰め込みます。





総武快速線内  東京で中央線に乗換




さてまずは総武快速線で、
津田沼から東京へ。
東京から青梅快速を狙ったものの、
特快の高尾行きが停まっていたので、
とりま立川へ。



立川で青梅線へ  ドア開閉のボタン




立川でしばらく待って、
無事、青梅線に乗り換えました。
で、ここから先は、
ドアに開閉ボタンがあり、
ランプがに点灯作動ちう。




羽村駅前  駅前に大量に残る雪



二時間以上かかりまして、
ようやく羽村駅にトウチャコしますた。
やっぱり千葉よりもかなり寒く、
駅前にまだ大量の雪が残っています。




羽村駅前を出発  駅前案内板




極寒の駅前でチャリを組立て、
さて多摩川を目指し出発です。
駅前の案内板をみると、
とりま西に進めば、
たまリバー50キロのスタート地点、
羽村取水堰に出るみたい。




羽村駅西口  多摩川を目指す 




羽村駅西口を出て西に進み、
一路、多摩川を目指します。




階段で羽村取水所に下りる



羽村取水堰の上に出ました。
チャリを持って階段で下に降ります。
羽村取水堰は承応三年(1654)、
玉川上水開削時に設置されたもので、
現在の形態になったのは、
明治三十三年(1900)ですが、
仕組み自体は開削当時と、
ほぼ変わっていないとか。



玉川兄弟像




玉川上水の開削の指揮をとった、
玉川兄弟の銅像があります。




玉川兄弟像近景  玉川兄弟像近景2





兄は庄右衛門は、
元和八年(1622)頃に生まれ、
元禄八年(1695)に没。
弟は清右衛門は生年不明で、
元禄九年(1696)に没。
多摩川沿いに住む、
農家の出であったそうですが、
私財を投じた玉川上水の、
開通の功によりまして、
「玉川」の姓を名乗る、
苗字帯刀が許されます。




たまリバー50kmの案内板  たまリバー50kmスタート




さてたまリバー50キロです。
なるほど一部には、
未舗装路もあるようですが、
基本、上流から見た左岸に、
ずっとコースが続いているよう。
ほなゾウさんレッツラゴーや。




羽村大橋  永田橋先の未舗装路



ほどなく羽村大橋で、
これを過ぎると、
すぐに福生市に入り
永田橋の前後に、
今日初めての未舗装路。
ただ大きな砂利はなく、
比較的走りやすい。



頭上注意の八高線をくぐる





さらに多摩橋をくぐり、
五日市線と睦橋を過ぎ、
昭島市内に入り、
次の拝島橋を越えると、
八高線多摩川橋梁は、
ご覧の通りの「頭上注意」。
この橋梁上で終戦直後の、
昭和二十年(1945)8月24日、
上下線の列車が正面衝突し、
少なくとも105名の死者を出した、
八高線列車正面衝突事故がありました。



昭島市から立川市へ




多摩大橋を過ぎると、
昭島市から立川市内に入ります。




根川貝殻坂橋  ファミリーマート柴崎町六丁目店




中央本線と、
多摩モノレールをくぐると、
自動的に立川公園内に突入。
この中にこの根川貝殻坂橋があります。
木製支柱の二径間連続斜張橋で、
この辺りは昔は海だったので、
土を掘ると貝殻が出てきたことが、
この橋の名の由来とか。
小腹が空いてきたので、
少し多摩川を離れて、
柴崎町六丁目のファミマで小休憩。
ここで多摩川沿いに造詣の深い、
タヤパンにランチスポットを、
LINEで尋ねました。
ふむふむなるほど、
そこがええな。
ほな、ゾウさん、
聖蹟桜ヶ丘方面、
行ってみよか知らんけど。




四谷橋が見える  野猿街道・四谷橋を渡り聖蹟桜ヶ丘を目指す




日野橋をくぐり国立市に入り、
中央高速と国道20号日野バイパス
石田大橋を過ぎて、
野猿街道の府中四谷橋が見えました。
これを橋に上がり右折して、
聖蹟桜ヶ丘方面へと、
ランチの為に多摩川を離れます。



→ 小平うどん 聖蹟桜ヶ丘店




ほなお店のレポは別記事で!!
さてガッツリ満腹になりまして、
再び多摩川へと戻りましょう。




四谷橋に戻る  右岸を走ってみる




府中四谷橋に戻り、
気分転換に多摩川の右岸、
多摩市側の土手を走ってみました。



行き止まり  関戸橋に戻る




京王線と、関戸橋をくぐり、
一見順調に進めそうですが、
しかし何ということでしょう。
多摩市交通公園先で行き止まりデス。
ぐるりと回り込んで、
関戸橋に戻って渡り、
府中市内で左岸に戻ります。




たまリバー50km案内板



さて武蔵野南線
南武線をくぐって、
是政橋に到着。
ここまで羽村取水堰から23kmで、
大師橋緑地まで後残り30km。





多摩水道橋前後の砂利道



で、稲城大橋を越えると、
ほどなく調布市内へ入り、
鶴川街道・多摩川原橋、
京王相模原線で、
更に進むと狛江市内。
この多摩水道橋と、
小田急線の前後に、
再び未舗装路があり、
完全な砂利道で手が痺れます。




二子玉川駅前  二子玉の街を走る




東名高速の手前で、
世田谷区内に入り、
砧野球場辺りで、
子供の飛び出しがあって、
急ブレーキで回避ヒヤリ。
国道246号厚木街道を過ぎたら、
またコンビニを求めて、
二子玉川駅へと多摩川を離れます。




多摩川に戻る




多摩堤通り東急田園都市線を越え、
またまた多摩川へと戻りました。




丸子橋先の狭い道  東海道新幹線・横須賀線の鉄橋  



第三京浜の先で、
ついに最後の大田区に入り、
東急東横線、丸子橋を過ぎると、
横須賀線東海道新幹線の橋梁。
新幹線で新大阪からの帰り道、
この鉄橋を渡る度に、
東京に戻ったことを実感したっけ。




光る多摩川  多摩川大橋が見える



ガス橋を過ぎると、
多摩川大橋が見えます。
オデキのように神奈川に飛び出した、
六郷土手、六郷橋を越えると、
傾きかけた日の光が、
多摩川を照らしています。




大師橋が見える  大師橋



さて、たまリバー50キロの最終地点、
大師橋緑地のある大師橋が見えました。





五十間鼻無縁仏堂前
  大鳥居




大師橋を過ぎて、
本来の多摩川河口である、
五十間鼻無縁仏堂前に到達しました。
ここには関東大震災東京大空襲で、
多摩川で亡くなった水難者が、
多数漂着した場所です。
また弁天橋を渡ったところにある、
旧・穴守稲荷の鳥居については、
過去に一度ブログに書いておりますので、
こちらをご覧ください。




→ 羽田の大鳥居 - 旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】跡地




羽田空港第1ターミナル



たまリバー50キロは終わりましたが、
とりまなんとなく羽田空港を目指しました。
第一ターミナルの到着出口前で、
チャリをバラし輪行袋に詰め込みます。



モノレール車内でくつろぐゾウ氏


東京モノレール
バッチリ空港快速に当たり、
空いている車内でくつろぐ、
ゾウ氏(48)独身・彼女募集ちう。





新橋で横須賀・総武快速線へ乗り換える  総武快速線内




浜松町から山手線に乗り、
新橋で、総武快速線直通の、
横須賀線に乗り換えました。
すると、突然、
パーン!
と、いう破裂音が車内に!!
((((;゚Д゚)))))))




タイヤのブレーキ跡





砧付近で飛び出した子供を避ける為、
急ブレーキをかけた際に、
タイヤがこの通り削れていたことは、
チャリをバラす時に気付きましたが、
これが原因でチューブの空気圧が偏り、
破裂してしまったようです。
たまたま家にいた長男を、
携帯で呼び出して、
津田沼駅から車に積み込んで、
一旦、帰宅致しました。




長男に小遣いあげなあかん...。
・・・高くついた。
(;ω;)