高橋是清像

107-0052 港区赤坂7-3-39 高橋是清翁記念公園内




→ 「高橋是清」関連の記事




ご存知の通り、
飽きっぽくて冷めやすい私です。
実はこのブログも、
今日こそ、明日こそ、と、
「きっぱり、すっぱりと、止めちまおうか。」と、
何度も何度も思っていながら、
だらだら、だらだらと、
三年半以上も続けているのはなぜでしょう。




先日、戴いたメール。
毎日毎日、楽しみに読んでいてくれている方のようで、
最近、ご無沙汰している「銅像」を、
是非また書いてほしいというお願いでした。
いやいや、うれしいですねぇ〜。
こりゃ、もうしばらく書き続けましょうかねぇ〜。




そんな訳で、
いつか書こうと思っていた、
こちらの公園に寄ってみました。




高橋是清翁記念公園表札 高橋是清翁記念公園 




国道246号、
青山通り沿いに不似合いな、
鬱蒼と茂る森林は、
現在、港区立となっている、
高橋是清翁記念公園」です。



名前の通り、
こちらは、だるま宰相、
高橋是清の邸宅跡であるこちらです。
軍事予算を縮小し、
軍部・青年将校の恨みを買って、
二・二六事件で暗殺されたのは、
まさにこちらの敷地内でのことだったのです。



こちらは先の戦争の戦火を受けますが、
その暗殺現場となった邸宅の母屋は、
こちらから戦前に墓地のある多磨霊園に移築されていたので、
無事現存し、現在は都立小金井公園内の、
江戸東京たてもの園」に保存されています。




→ 江戸東京たてもの園




以前に一度訪れましたが、
赤坂と遠く離れた地に建つ建築物ではありながら、
なぜか、なかなか感慨深いものがありました。






高橋是清功績碑 




公園内に立つ、昭和十六年(1941)に建てられた、
高橋是清翁の功績を伝える石碑です。
日本人では珍しい、
アメリカで奴隷となった経験を持つ是清翁。



何度か書いておりますが、
アントニオ猪木の、
「元気があれば何でも出来る」のパクり元の、


「元気でやれば何でも出来る」

・・・は、是清翁が、
麹町小学校に送った書の文面なんです。




高橋是清像 




さて、本題の銅像は、
やはり戦中に初代は金属供出で撤去されてしまい、
こちらは昭和三十年(1955)に再建された二代目です。




高橋是清像近景 




この優しい顔は、
晩年の姿であると思われ、
トレードマークの丸眼鏡は、
右手に持たれております。




→ 高橋是清 - Wikipedia




さて、高橋是清さんについて。
この小説はなかなか良かったのでお薦めです。




生を踏んで恐れず―高橋是清の生涯 (幻冬舎文庫)

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