元・【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住都心勤務の千葉都民。神社仏閣参拝・歴史探訪、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン二郎(京成大久保店がホーム)・蕎麦が大好物。

下総 小金下野牧 野馬土手(勢子土手)跡

274-0805 船橋市二和東1-9-11 二和小学校南側



野馬土手(勢子土手)跡



→ 御瀧山 遍照院 金蔵寺 (御滝不動尊)



滝不動の先、二和小学校の南側、
義母お気に入りの梨屋さんの前の道路の真ん中に、
所々中断しているものの、
まるで大きなグリーンベルトのように、
この土手が東西に走ります。





大きな地図で見る





「野馬土手」の案内板




この船橋市教育委員会の案内板で、
大体これが何なのか分りました。
何度かこのブログにも書いた通り、
この現・千葉県北西部の広大な平地には、
江戸時代、幕府の設置した、
小金牧という名の軍馬育成の放牧場がありました。
この小金牧、あまりに広大な為、
五つに分れ小金五牧ともいわれ、
この現・船橋習志野八千代市の最南部は、
小金下野牧と呼ばれました。




野馬土手(勢子土手)跡




この土手は、その小金下野牧の、
野馬を管理する為の土手ですが、
これは特に、野馬を集める際に、
「野馬追い」で使った、
「勢子土手」であったそうです。




この土手の低さをみると、
改めて明治以前の日本の馬の小ささを再認識させられます。
時代劇のサラブレッドはあれ本当はいませんよ。
こんな低い土手に追い詰められちゃうほど、
小さな小さな馬だったんです。



→ 星影神社



さてこの小金牧は、
この案内板の通り、
維新後に明治政府の窮民授産事業として、
明治二年(1869)に「下総牧々開墾大意」が、
民部省に上申されて廃止され開墾がなされます。




この星影神社の際にも書きましたが、
開墾は入植順に地名に数字が付けられ、
この船橋市二和も、
その開墾順が二番目ということです。
今一度その開墾順位と、
その地名をここに再び挙げておきます。


  1. 初富
  2. 二和
  3. 三咲
  4. 豊四季
  5. 五香
  6. 六実
  7. 七栄
  8. 八街
  9. 九美上
  10. 十倉
  11. 十余一
  12. 十余二
  13. 十余三


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