元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン(二郎京成大久保店ホーム)・蕎麦が好物。

赤穂城跡 大石神社 〜大石内蔵助良雄像 その三・山鹿素行像〜

国指定史跡
祭神 大石内蔵助良雄以下四十七士命、萱野三平
678-0235 赤穂市上仮屋1292
公式サイト http://www.city.ako.lg.jp/kensetsu/kankou/shisetsu/kanko/oishijinja.html







台雲山 花岳寺 〜浅野長矩及び赤穂義士墓 その三・大石内蔵助良雄像 その二〜
→ 高野山 金剛峯寺〜浅野長矩及び赤穂義士墓 その二〜
→ 萬松山 泉岳寺〜浅野長矩及び赤穂義士墓 その一・大石内蔵助良雄像 その一〜
→ 大石良雄他十六人忠烈之跡
→ 浅野内匠頭終焉之地
→ 皇居東御苑(松之廊下跡)
→ 赤穂浪士討ち入りの日
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三の丸大手隅櫨  大手門




さて花岳寺を後にしまして、
赤穂城跡を目指します。
三の丸大手隅櫨を見て大手門を渡ると、
そこは上士の屋敷等があった三の丸です。




近藤源八邸跡長屋門



この「近藤源八宅跡長屋門」は、
赤穂浅野家軍学指南、
近藤家の屋敷のあった所で、
この長屋門は江戸時代後期になって、
改築されたものです。
近藤家二代目の通称より、
「源八長屋」と呼ばれており、
赤穂市指定文化財に指定されています。



内側から見た長屋門  長屋門内の展示



近藤源八宅跡はすでになく、
この「源八長屋」しかありませんが、
無料で内部を公開しております。




大石邸長屋門  長屋門正面



さて「源八長屋」の向かいにあるのが、
この「大石邸長屋門」。
家老・大石家三代の屋敷の長屋門で、
江戸から早駕籠で駆けつけた、
早水藤左衛門、萱野三平の二名が、
実際に門を叩いたのがこの門です。
邸宅は享保一四年(1729)に、
火災に遭い大半が灰燼に帰しますが、
この長屋門だけが焼失をまぬがれました。
この門の内側の邸宅跡が、
大石神社になっております。




大石神社表参道  神門




ぐるりと南西に回り、
大石神社の表参道。
その参道の左右には、
四十七士の石像が並びます。
さて神門をくぐり大石神社の境内へ。



拝殿



赤穂事件以降、
赤穂浪士を称賛する人々により、
この大石邸内には小さな祠が設けられ
大石内蔵助良雄以下四十七士命、
萱野三平、浅野家三代が祀られて、
密かに信仰を集めていたそうです。
明治三十三年(1900)になり、
改めて「大石神社」を創建することが、
政府から許可されて、
明治四十三年(1910)起工、
大正元年(1912)に社殿が竣工しました。




義士宝物殿  記念撮影用の早駕籠




三館共通拝観券を購入し、
まずは義士宝物殿へ。
入口手前にこの早水、萱野が利用した、
早駕籠のレプリカがあって、
記念撮影用にどうぞとのこと。
中にも討ち入り装束がありました。




義士宝物殿内  堀部安兵衛所用鎖頭巾・鎖帷子
大石内蔵助愛刀の備前長船清光・康光の大小刀浅野内匠頭拝領の小刀




義士宝物殿内が珍しく、
写真撮影禁止との注意がなく、
堀部安兵衛所用鎖頭巾・鎖帷子や、
大石内蔵助愛刀である、
備前長船清光・康光の大小刀、
浅野内匠頭拝領の小刀と、
ホンマかいなと疑うほどの、
お宝がすんごくてテンションアップ。




大石内蔵助像



この大石内蔵助良雄像も、
泉岳寺のそれに似た、
討ち入り装束ではない、
平時の"昼行燈"スタイル。



義士宝物殿別館  義士宝物殿別館内




義士宝物殿別館もお宝の山でした。
しかし大石は書画にも通じる、
文化人だったんだねぇ。




義士木像奉安殿  
大石内蔵助・浅野内匠頭木像  四十七士木像



三館の最後は、
この義士木像奉安殿で、
花岳寺の木像よりも、
新しい現代的な木像に拝し、
またこの裏側に大石邸の庭園を見学します。



大石邸庭園  大楠




庭園のこの大楠は樹齢約350年。
大石内蔵助が今年生誕357年、
没後315年ですから、
充分実際に大石の姿を、
見たことがあるはずです。



内側から見た長屋門



そして庭園に接する、
内側から見た大石邸長屋門



長屋門内の展示  長屋門内の展示




長屋門内の座敷にマネキンが置かれて、
大石の家族の日常や、
早籠到着の様子が再現されております。
ですが、誤解のないように。。。
邸宅が焼失した為に、
こちらにそのような展示をしていますが、
家老の大石内蔵助やその家族が、
長屋門の座敷で生活するようなことは、
絶対にあり得ません。



山鹿素行像



さて大石神社を出て、
三の丸から二の丸に入りました。
ここには儒学者軍学者の、
山鹿流兵法の祖、
山鹿素行銅像があります。
朱子学を批判したことから、
ここ赤穂藩お預けの身となり、
赤穂藩士の教育を行った山鹿素行
大石内蔵助良雄も門弟の一人であり、
これが赤穂事件での、
大石の思考に影響を与えました。
忠臣蔵」の討ち入りで、
大石が合図に叩いたという、
「山鹿流陣太鼓」が有名で、
先ほどの大石神社にも、
その巨大なモニュメントがありましたが、
実は山鹿流の陣太鼓というものは、
実際には存在しなかったそうで、
物語の中の創作なんだとか。



本丸厩口門
本丸櫓門  本丸櫓門内の展示




厩口門をくぐりいよいよ本丸の中へ。
これから先の建物も、
ほとんどが復元されたものです。
昨日今日はこの本丸櫓門の内部が、
特別に公開されていました。
内部には赤穂城に関する資料が、
所狭しと展示されています。




本丸櫓門から御殿遺構を望む




本丸櫓門の上から御殿遺構を望みます。
御殿は復元されておらず、
コンクリートの台が築かれていて、
この位置が昔、何の間であったのか、
分かるようになっています。




天守台  天守台から城下町を望む




五層天守の造営の計画もあったそうですが、
幕府への遠慮か、はたまた財政難の為か、
結局は一度も造営されずに、
この立派な天守台のみが現存しています。
この天守台から城下町を望む風景は格別でした。




さらば播州赤穂駅




30℃を超える暑さの中、
一日中歩いてヘトヘトになりました。
さらば赤穂、さらば播州赤穂駅
やっぱり赤穂浪士マニアとしては、
実際に来て見て本当に良かったです。