【関東第十八番】泰叡山 護國院 瀧泉寺 (目黒不動) その二 ~青木昆陽墓〜

国指定史跡 青木昆陽
宗派 天台宗
本尊 不動明王
153-0064 目黒区下目黒3-20-26
公式サイト http://park6.wakwak.com/~megurofudou/





泰叡山 護國院 瀧泉寺 (目黒不動) → その一




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さて本当は今日は、
関東三十六不動霊場を、
時間が許す限り、 
PCX150で右往左往、
お参りする予定でしたが、
やはり緊急事態宣言下では、
ご朱印を中止している、
お寺が多数あるようです。



目黒不動尊門前のPCX150  仁王門



てな訳で、
おそらくご朱印が大丈夫だと思われる、
巨刹の目黒不動尊を最後に致します。
お参りするのは何年ぶりだろう。
ブログでは16年ぶり二度目の記事になります。



独鈷の滝




こちらも先ほどの、
等々力不動尊と同様に、
独鈷の滝がありまして、
今も滾々と湧水を湛えます。
やはり水神からの不動信仰と思われますが、
それは後だしジャンケンかもしれませんが、
ちょっと違うようデス。
開基は大同三年(808)と関東最古の不動霊場
お寺の縁起を要約しますと、、、
慈覚大師円仁が15歳の時に、
師の広智阿闍梨に伴われて、
故郷の下野国から比叡山延暦寺の、
伝教大師最澄の元へ向かう途中に、
この目黒の地に立ち寄ったその夜の夢で、
神人が枕の上に立ち現れて、
『我、この地に迹を垂れ、
魔を伏し、国を鎮めんと思うなり。
来って我を渇仰せん者には、
諸々の願ひを成就させん』と告げたので、
夢から覚めた後にその尊容を自刻。
その後、慈覚大師円仁は、
唐の長安にある青竜寺で不動明王に拝し、
あの神人がこの明王であると分かって、
帰朝して堂宇を建立して祀ったのがこちらです。
慈覚大師が寺地を定めようと、
長安青竜寺に清い滝があったのを思い出し、
試みに独鈷を投げたところ、
たちまち泉が湧き滝となったのが、
この独鈷の滝であると伝えられています。
 
 

本堂前の鳥居  アルコール消毒液の置かれた手水舎
本堂


本堂前の鳥居は山王鳥居デス。
さて手水舎は水が停められて、
塞がれておりますが、
アルコール消毒液が置かれているのは、
こちらで初めて見ました。( ゚Д゚)
前回は本堂内で参拝致しましたが、
やはりコロナ対策で立入禁止デス。



天和三年(1683)建立銅造大日如来坐像



本堂の真裏にある、
不動明王本地仏である、
露坐の銅造大日如来坐像は
天和三年(1683)建立。
江戸時代には堂舎の中にあったようですが、
一体いつの時代に外に、
追い出されてしまったんだろう。



青木昆陽墓への道標



飛び地境内にある、
北側の墓地に、
国の史跡である、
青木昆陽墓があります。



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青木昆陽 - Wikipedia




青木昆陽墓所  青木昆陽墓案内
甘藷先生墓  甘藷先生墓側面



昆陽は下目黒の、
大鳥神社の近くに別邸があったそうで、
こちらに墓を建てたそうですが、
墓石は昆陽自ら「甘薯先生墓」と刻んだ、
生前に建てた寿塔だそうです。
自称の甘薯先生なんだね。



サツマイモ畑と青木昆陽石像



毎年十月二十八日の縁日には、
昆陽の十月十二日の命日を偲び、
甘藷まつりが開かれるそうで、
境内にはサツマイモ畑と、
昆陽の石像がありました。



阿弥陀堂  観音堂



さてご朱印は本堂下の東にある、
阿弥陀堂にて頂戴出来ます。
阿弥陀堂の左手には、
江戸三十三観音でも伺った、
観音堂があります。




第18番ご朱印



さて残すは、
東京都・修行の道場、
10ヶ寺ですが、
やはり緊急事態宣言が、
終了してから、
改めてお参りします。




ジュウガツザクラ