「十和田観光電鉄の80年―軽便から釣掛電車まで」


何度かここに書いております通り、
今ではすっかり忘れてしまったようなんですが、
長男は小さな頃、
かなりのベビーな、
「鉄道ヲタ」なベイビーでした。



初めて話した言葉は、
なんと「でんしゃっ」です。(汗)



幼稚園にあがる頃には、
パンタグラフの部分のみの写真でも、
その車両の形式番号が分かるほどだったのです。



→ 迷子のお知らせ




そんな訳で、当時の秋葉原交通博物館には、
二人でよく通いました。
最もお気に入りのコーナーは、
鉄道模型が走るジオラマでした。




何度も通い、その度にビデオを撮り、
それを何度も繰り返し見続けるうちに、
この鉄道模型のコーナーの運転とマイクの実況の係の方は、
たった数名の学芸員さんで行われている事に気付きました。
当時は長男も私も、
その中のお一人がお気に入りでした。
その方のマイクパフォーマンスには、
鉄道を愛する気持ちが、
聴き手にヒシヒシと伝わってきたものです。




時は流れ、
長男は鉄道を忘れた、
つい先日のこと。



岩手・宮城内陸地震で、
亡くなった方を伝えるテレビのニュース。
大宮の鉄道博物館学芸員の方が、
土砂崩れに巻き込まれ亡くなったとの報道です。




小さな犠牲者の顔写真は、紛れもなく、
あの交通博物館鉄道模型のコーナーの、
あの方ではないですか!・・・。




→ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080615-00000938-san-soci




直接言葉を交わしたこともないものの、
なんとも愕然としてしまいました。



→ 岸由一郎 - Wikipedia




調べてみると、
あの方は岸由一郎さんという学芸員で、鉄道研究家。
やはり秋葉原交通博物館では、
最後の鉄道模型の運転も、彼が務めたとのことです。




十和田観光電鉄の80年―軽便から釣掛電車まで (RM LIBRARY (51))

十和田観光電鉄の80年―軽便から釣掛電車まで (RM LIBRARY (51))



著書もこの他にいくつかあるようです。



地震当日、あの地のあの旅館に泊っていたのは、
くりはら田園鉄道の保存活動の調査の為に、
あの駒の湯旅館に宿泊していたのだったとか。




僅か35年の人生で突然亡くなってしまった岸由一郎さん。
さぞや無念であったことでしょう。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
素晴らしき鉄道の世界を教えていただき、
ありがとうございました。




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