元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン(二郎京成大久保店ホーム)・蕎麦が好物。

壬生 車塚古墳

国指定史跡
321-0124 下都賀郡壬生町壬生甲3152-2付近




車塚古墳全景  車塚古墳の案内




さて続きましては、
私が一番来てみたかった憧れの車塚古墳です。
車塚古墳という名称は、栃木の他にもいくつかあり、
混同を避ける為、壬生という冠をつけることが多いです。
ここも語り尽くすと大変なことになりますので、
またまた不本意ですがウィキを貼ります。



→ 車塚古墳 - Wikipedia
→ 車塚古墳 (壬生町) - Wikipedia




古墳時代終焉の七世紀前半代のものと思われる、
日本最大級の円墳なのです。
いやいや、三段の墳丘と堀の現存が見事だなぁ〜。
ここで歓喜の声をあげて飛び回っていたら、
眉鍋組メンバーはドン引き。(^^;



石室入口 




そして、こちらは珍しく石室に入ることが可能なのです。
江戸期にはもうすでに開口していたようで、
発見された副葬品はなにもありません。




石室の隅  石室の奥の穴の中





当然、潜りこんだ石室内。
右隅下に穴があり、
持参したマグライトを照らしてみるも、
どこまで続く穴なのかは不明でした。




石室内から外を望む



石室内に座り込み、外を眺めつつ、
この古墳が造営された太古に想いを馳せます。
嗚呼、幸せ。(´▽`)
後で知りましたが、墳丘にあったブルーシートは、
葺石を保護するものだったようです。
なんでもうちょっとちゃんと見なかったんだろう。



後悔。。。




牛津古墳  牛塚古墳の案内






車塚古墳のすぐ隣には、
これよりも少し時代が前に造られた、
牛塚古墳が並びます。
これは帆立貝形古墳で、
前方後円墳の短縮型説と、
円墳のせり出し型説がありますが、
私は前説を支持しています。
ただここの堀はもう、
ほとんど現存していません。





【参加者のブログ記事】
→ 第七回眉鍋会遠征(下巻)@観光編〜宇都宮餃子館 : 早食い エイコク堂
→ ラーメン二郎 栃木街道店|じろりーまんの記録