元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン(二郎京成大久保店ホーム)・蕎麦が好物。

薬師寺

宗派 法相宗 大本山
本尊 薬師如来
630-8563 奈良市西ノ京町457
公式サイト http://www.nara-yakushiji.com/




→ 特別展「国宝 薬師寺展」東京国立博物館 その七
→ 薬師寺東京別院「もうひとつの薬師寺展」
→ 特別展「奈良の古寺と仏像〜會津八一のうたにのせて〜」三井記念美術館 その二
→ 【坂東第十二番】華林山 最上院 慈恩寺 〜玄奘三蔵霊骨塔・玄奘三蔵像〜
→ 「薬師寺」関連の記事





近鉄電車の車窓から見た平城京跡の大極殿  西ノ京駅直結の薬師寺参道入口




薬師寺からバスで近鉄奈良駅に戻り、
西大寺駅で乗り換えて西ノ京へ向かいます。
途中、近鉄電車の車窓から復元された、
平城京跡の大極殿が見えました。
さて西ノ京駅に到着しました。
駅直結の薬師寺です。




薬師寺伽藍図  本坊寺務所




他の古代寺院と同様に、
時代と共に衰退していた薬師寺ですが、
昭和になってからの「写経納経永代供養料」で、
金堂、西塔、中門、大講堂の復興をし、
現在も食堂の再建、東塔の解体修理ちう。



礼門  玄奘塔




そして法相宗の祖・慈恩大師基の師、
玄奘三蔵のご頂骨を、
埼玉県岩槻市慈恩寺から分骨し、
この三蔵院伽藍を建立するなど、
まさに今、平成の隆盛を極めています。




鐘楼と蓮の花  




こちらの薬師寺も創建には諸説ありますが、
天武天皇九年(680)天武天皇の発願により、
飛鳥の藤原京に造営が開始され、
平城遷都後の八世紀初めに、
現在地のこの西ノ京に移転したとされています。




中門と西塔  西塔




昭和五十九年(1984)再建の中門、
昭和五十六年(1981)再建の西塔には、
正直あまり興味なし。




解体修理中の国宝 東塔  薬師寺 解体修理前の国宝東塔の写真



逆に興味津々の、
天平二年(730)建立の国宝・東塔は、
残念ながら解体修理中なので、
修理前の写真を貼りましたが
ちょっと歪んでいてスンマソン。




国宝 東院堂  下から仰ぎ見る東院堂内




弘安八年(1285)再建の東院堂も国宝です。
実は建築物の国宝はこの二つのみ。
ここに白鳳仏の国宝、
聖観世音菩薩がいらっしゃいます。
東京でお逢いして八年ぶりの再会。




金堂  下から仰ぎ見る金堂内



白鳳伽藍の中央は、
本堂であるこの金堂で、
こちらも昭和五十一年(1976)の建立。
やはり建物に興味はありませんが、
本尊・薬師三尊像はこちらに安置。




薬師寺 金堂 国宝 薬師三尊像の写真 




白鳳時代製作の移坐か、
天平時代の新鋳か、
論争が対立しておりますが、
そんなことはワタシどーでもいいデス。
脇侍の日光・月光さんとは、
やはり八年ぶりの再会。
まさに"胸騒ぎの腰つき"な二躯。
ちなこれは手元の資料の写真。



大講堂  下から仰ぎ見る大講堂内




さて平成十五年(2003)再建の大講堂。



薬師寺 大講堂 重文 弥勒如来三尊像の写真




こちらの弥勒如来三尊像は、
なぜか白鳳時代のものながら重文です。





復興中の食堂  與楽門





食堂はこの通り現在再建ちう。
薬師寺さん納経供養もうかりまっか?」
堂内撮影禁止の英語の貼紙は、
「写真撮りましたら地獄に落ちまっせ」だったり、
修学旅行生相手に漫才のような法話をしたり、
正直、ちょっと引いてしまう薬師寺でした。