元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

習志野在住紀尾井町勤務の千葉都民。神社仏閣・歴史散歩、カメラ、ロードバイクが趣味。ラーメン(二郎京成大久保店ホーム)・蕎麦が好物。

堀之内貝塚

国指定史跡
272-0837 市川市堀之内2−2899
公式サイト http://www.city.ichikawa.lg.jp/gre04/1521000004.html




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堀之内貝塚公園  堀之内貝塚の案内1
丘陵  堀之内貝塚の案内2




さて堀之内貝塚です。
縄文時代後・晩期の貝塚で、
先ほども申しましたが、
縄文時代後期前葉の土器が、
「堀之内式」ともされる標式遺跡です。
標高22mほどの尾根状の台地と、
その斜面に形成されている貝塚で、
縄文海進期には半島状になっていた。
と、推測されています。
東西225m・南北120mの、
中央台状型の二方向斜面に、
ハマグリ、アサリ、イボキサゴ、
オキシジミ等を中心とした貝殻が、
馬蹄型の貝塚を形成しています。
特に縄文時代後期前葉の頃の、
貝層が厚いそうですが、
貝塚層の下には、
竪穴式住居跡も発掘されていて、
先ほどの人骨も発掘されました。




山林  小祠




発掘前は鬱蒼とした、
山林だったそうで、
今もその名残りがあります。
貝塚や古墳等の遺跡には、
その存在が忘れられた後にも
信仰の対象になることがあって、
上に神社仏閣が建つことが少なくありませんが、
ここにもこの小祠があり、
市川市立堀之内貝塚公園」としては、
政教分離で頭の痛いところではないでしょうか。





地表の貝塚  地表の貝塚




小祠のすぐ脇には、
この貝塚層がはっきりと、
地表にあらわれていて、
この無数の貝殻が見て取れます。




土器の破片




よく目を凝らすと、
土器の破片のようなものも、
あちらこちらに散らばっております。